第一章 異変、そして出逢い

 流河裕生(ヒロオ)は塾から家に帰っていた。もうすでに周りは暗く、人通りも全くない街灯を頼りに夜道をただひたすらと歩いていた。
 
 今、重大に思っているのは、いつも見ているドラマのこと。もうすぐ始まっていまうのでいよいよ余裕がない。

 (母さん・・・録画しているかな?)

 裕生の母親は大の機械音痴で、もうすでに高校一年生になる裕生に家の機械関係のことをすべて任せていた。

未だパソコンの起動すらままならない感じである。もちろんそんな人間がDVDの録画など出来るはずもない。

 (でも僕が録画予約しなかったのも悪いけど・・・)

 そう自分の失敗を悔やんでも仕方がない。今はとにかく早く家に帰ることを考えることだった。
 
 (・・・気味悪いけど、あの道を通ろうかな)

 裕生は近道を通ることにした。裕生が少し嫌になっているのは、その道は街灯もなく、光という光は月の光だけだ。

隣にはお墓がズラリと並んでいる。裕生のクラスでは、幽霊が出るなどと根拠のないうわさ話も流れている。

 裕生は狭い道を右に渡った。やっと大人が二人通れるというくらいの広さだった。

何メートルか先に進むと、小さな柵が道をふさぐようにあった。

それを無視して、裕生は柵を上って、降りるといきなり右に墓があり、道が墓のすぐ左にあった。

つまり、道に沿って進むなら墓と共に進むと言うことである。
 
 意味もなく道の左側はやけに広く、こんなに道を右寄りにするなら真ん中に作ればいいのに、と思う。

しかし、道を外れて少々早歩き気味で進んでいった。

道の通りに進むと、墓が近くにありすぎて少し気味が悪いから避けた。小さな理由である。

 赤い月。それはまるで鮮血に染まっているみたいだ。

墓と月をできるだけ見ないようにした。

まだ街灯で明るい普通の夜道に出るには距離が、先があった。

少し、進むスピードがはやくなる。さっさとこの道をぬけたかった。

そう思った瞬間、五秒。たった五秒の間だった。





 一瞬にしてあの鮮血の月と同じ色が周りに染まり、広がった。

それは五秒の間に起こった。

 裕生はこの異常な光景にとまどい、周りを見る。同じ景色だったが色だけがすべて鮮血に染まっていた。

 しかし、自分はいつもの肌色。

薄い茶色のかかった髪の毛、夏服の薄い青のTシャツ。黒の印象が強い青色の長ズボンに白いスニーカー。

自分だけが違っていた。まるでこの世界に取り残されたかのように。

 「これは・・・」

 妙に冷静になる。
 
 血のざわめきが感じ取れ、嫌な予感がする。
 
 不安がわきあがってくる。
 
 これは夜の静けさではない。

おかしいのは、静かすぎるということだ。

 どうなっているのか訳がわからないままいる時

 「・・・え?」

 まるで陽炎のように一つの空間に歪みがかかった。

それと同時に右に、そしてまた右にと歪みは増えていった。

最終的には十個の歪みが現れた。

 その時、裕生は感じ取った。その歪みは自分、つまり裕生を中心に囲んでいる。

裕生を追いつめるかのように歪みが取り囲んでいるのだった。

 裕生は後ずさりをする。

しかし、後ずさりをした先には歪みが、前に進んでも、右に、左に進んでも四方八方に歪みがあった。

完全に裕生は歪みに閉じ込まれてしまった。

 何が何だかわからなく、動けなくなってしまった。

そのまま立っているしか裕生はできなかった。

何処から来るのか恐怖がわきあがってくる。

 その時、一つの歪みが消えたと思った刹那、歪みから出てきたように妙な生き物が現れた。

顔は不気味で黒いマント、手には長い鎌を持っている。

全体的に黒く、ホラー映画で言うところの悪魔のようだ。

 「・・・う・・・わ・・・」

 裕生はその化け物を見ると後ずさりをしてしまった。

小さに、うめくように化け物は何か声を出している。

三歩、後ずさりをして後ろを見たとき、後ろの歪みがまた同じ化け物が歪みの中から出てきた。

そして、裕生の右の歪みから、左の歪みから、と続くように歪みから化け物が次々と現れた。

 合計、歪みと同じ数、十体の化け物が出てきた。

黒いマントから出ている灰色の細い足と腕と、同じく灰色の顔、口は縦にパカッとずっと開いて閉じようとしない。

真っ赤な丸い目は裕生を狙っているようにも見えた。いや、狙っている。この化け物達は裕生を取り囲んでいるのだ。

 感情のない目。

全く、この化け物達には喜怒哀楽の人間的な感情が感じ取れなかった。

 化け物一体が、何か軋むような嫌な音そのままの声で叫んだ。

裕生は反射的に耳を覆った。

一瞬その音を確かめたらやはり感情のない不気味な声だった。

一体が叫ぶとほかの九体が裕生に向かってゆっくりと、だが一歩一歩確実に近づいてくる。

裕生は心の中では慌てふためいたが、恐怖の余り声さえも出なかった。

 そのうち一体が持っている鎌をゆっくりと振り上げた。

その一体が奇声を発したのを前兆に鎌を振り下ろしてきた。

 (・・・うわぁ!)

 裕生は目を閉じた。その鎌がいかに鋭いのかを一瞬視界の隅で確かめた。





 (・・・?)

 何故か時間が止まったかのように、何も起きなかった。

それとも、一瞬にして頭を斬られると、何も感じないのだろうか?

裕生はゆっくりと目を開き、そして見た。

あの化け物が胸のあたりから鮮血を噴出して、仰向けに、どう、と倒れる様を、化け物と自分の間を隔てるように一人の少女が立っているのを

 何がどうなったかわからなかったが、最初は小柄な少女、という印象を受けた。

漆黒のマントを体に巻き付けるようにしており、その中から出ている小さい手には赤い大剣と青い大剣が交差して握られている。

 「魔人ではないようですね・・・どんな種類の悪魔ですか?」

 消え入りそうなか細い声、しかしどこか凛としている。

 「いずれも低級魔族。また血を“器”にしているグラドコフよ」

 と姿の見えない誰かの声が聞こえた。今、見える少女とは対照的な気の強い少女の声だった。

 「とりあえず、全滅させた方がいいみたいね。」
 
 と、また姿の見えない声の主が言う。

 化け物達は少し後ろに下がり、大きく奇声を発した。

 「わかりました。」
 
 少女は目にもとまらぬ弾丸のような速さで化け物に近づいた。

風を裂く音が響いたと思うと化け物は縦に真っ二つに断ち切られていた。

 「ウギャアアアアアアアアアアア!!!」

 化け物は耳を覆いたくなるような悲鳴を発して燃え上がり、一瞬にして灰と化した。

 「油断をしないように!次があるわよ」

 「わかっています」

 少女が言うとまた二体の化け物が挟み撃ちにするように少女に向かって鎌を斬りつけてくる。

しかし、少女はその二つとも二本の大剣で防御すると相手の鎌を振り切るようにして上に飛んだ。

少女は軽く、綺麗に、それでも高く跳躍していた。

 「いきます」

 少女が地面に着地する寸前に二本の大剣を化け物二体に斬る、いや刺した。

化け物二体とも悲鳴を出す暇もなく、一体は燃え上がり、もう一体は青色の稲妻のようなものによって完全に消滅した。

 少女が着地すると同じくしてまた一体が少女目がけて鎌を投げつけた。

ビュンビュンと空気を裂く音がして少女に鎌が迫ってくる。

 「対処法は?」

 「わかっています。」

 少女は鎌を赤い大剣でたたき落とすと鎌を投げた化け物向かって地面を蹴り、低く飛んだ。

 「やあ!」

 少女の大剣の刃が化け物の顔に突き刺さろうとした時、その化け物は急に消えた。

それと同時にほかの化け物も消えて、あの鮮血に染まった世界は風によって煙がかき消されたように元に戻った。

 また普通の静けさの夜に戻る・・・。

 「あれ、消・・・えた?」

 いつもの暗い夜に戻った。

 さっきまで異世界にいたようだった。不思議な感じが頭をよぎる。

 「逃げられましたか」

 少女は二本の大剣を背中に交差するように収めた。

 「まあいいんじゃない?あんな下等魔族倒すだけ意味無いんだし」

 「あの・・・その・・・」

 裕生は二人の少女。今立っている小柄な少女に言う。

 その少女は腰の辺りまである綺麗な青色をした髪を揺らしながらゆっくりと振り返った。

 顔は整っている。しかし、年は十五以上には見えるのだが、まだ童顔が残っている顔だった。

しかしどことなく精悍で、隙がなかった。

瞳の色は髪の色と同じで、両目とも青い。

 「何ですか?」

 何気なく少女は言った。

 「・・・ありがとう・・・」

 「あ、いいんですよ。これが私たちの役目ですし」

 少し照れくさそうに少女は言う。

 「?」

 まだ裕生は訳がわからなかった。

あの鮮血に染まった世界といい、化け物といい、人間とは思えない少女の戦いぶりといい、聞きたいことは沢山あった。

 少女の言う役目、という言葉も気がかりとなった。

しかし裕生はあえて簡潔に問う。

 「あなたは・・・?」
 
 少し間があく。するとまたあの姿無き声が聞こえた。

どうやらその声は少女が左腕につけている赤い宝石のようなものが一つだけついたついたブレスレットから出ているようだ。

 「いいんじゃない?正体バラしてもいずれ言うことなんだし」
  
 「いいんですか?人間には言ってはないと掟が・・・」

 「掟も何も、これから護ることになるんだし、真実を言った方があいつも納得すると思うけど?」

 「・・・そうですか・・・」

 少女は首を少し傾げて考え込んだ。

 すると少女は口を開く。

 「まだ、わかっても理解もしてくれないとは思いますが、あの怪物達は悪魔です。」

 「あ、悪魔?」

  悪魔というものは人間が作り出した空想上のキャラクター。

キリスト教でいう悪、不義の擬人的表現でもある。そんなもの信じられるはずもなかった。

 「悪魔が住んでいる、お前達人間から見たら異世界である『魔界』から奴等はこの世界に流出しているわ、おまえはそいつらに襲われたの」

 ブレスレットの人が言った。その後目の前にいる少女が続ける。

 「最近、『魔界』と『人間界』の次元の壁が薄くなって、時よりこの世界に現れて最近人間達を襲いはじめてます。といってもまだ低級魔族達は人形などの物質に媒介しなければ姿さえ現せない状況です」

 (何の、こと?)

 言っている意味が半分も理解できない。

 ただ理解できるのは恐ろしいこと。

 異常で、普通ではあり得ないこと。

 悪魔、そんなもの信じることなどできない。

しかし、現にさっきまでいた化け物達は何だったのか・・・。

そのことがあったせいか、少女達が言っている言葉には妙な説得力があった。

 否定など出来ない。

あの化け物を見た後では、否定などできない。

 「・・・どうしたのですか?」

 少女がいつの間にか裕生の顔の近くまで顔を近づけていた。

 「うわっ?」

 何となく驚く。

色々と考えていたので少女の気配に気付かなかった。

 「・・・色々と頭の中を過ぎってはいるとは思うけど、否定は出来ないはず」

 またブレスレットの中から声がした。

 「・・・まだ、何がなんだか・・・」

 うつむいて裕生は小さく言った。

 「ま、おまえが何考えているかはどうでもいいけど、あれは悪魔よ。私たちは魔人が出てくるとは思ったけどね、お前の蔵しているレジスト≠フ強力さには気付いていないようねあんな低級魔族よこすようじゃ・・・」

 「・・・そうですか?レジスト≠ヘ元々弱い物質じゃないんですし、レジスト≠奪うにはあまりに低級すぎますよね。何か企んでいるとは思います」

 「・・・?」

 また意味不明のことを言っている。

 (まじん・・・?れじ、すと・・・?)

 ますます意味がわからなくなる。

 「まだよくはわからないけど、悪魔とかいうのはよく現れる?」

 「そうですね、魔界が完全に閉ざされている頃はそうではないのですが、ここ十数年世界中で普通に現れていますね。今となってはそう珍しくもありませんよ」

 世界中で普通に起きていること。

 別に珍しくも何ともない。

 「でも、世界に普通にあいつらは現れているんだよね?」

 「?・・・そうですよ」

 「悪魔が世界中で現れて人を襲っているなんて聞いたことがないけど・・・」

 裕生は自分の言葉が文末になるにつれ少しだが声が小さくなった。

 「それは、当たり前です。あの赤い血の色に染まった世界見ましたよね?」

 「・・・さっきの?」

 「あれは悪魔が使う幻魔法という魔族誰もが持っている術のひとつであの仕組みは囲いをつくって空間を遮断し、時間をとめる効果があります」

 「・・・時間をとめる・・・」

 少女が何か言おうとした途端にブレスレットの少女が代わりに言う。

 「その幻魔法を『呪縛陣』と言ってね、中では魔族のものか私たちしか動けることができないの」

 その事もかなり現実離れしているが少し理解はした。

 「・・・でもぼくは動けたけど・・・」

 「そりゃそうよあんたはレジスト≠蔵しているんだからね」

 またレジスト≠ニいう単語が出た。

 「さっきから言っているレジスト≠チて何なの?」

 ブレスレットの少女は少し舌打ちをした。

 「・・・全く、面倒くさいわね・・・レジスト≠チてのは特殊な能力を持つ物質のことよ」

 「物質?」

 「そうです。それがあなたには蔵されています。それを魔族に察知されて襲われたって訳です」

 今度は姿の見える少女が言った。

 「・・・よくわからないけどそのレジスト≠チてのがぼくに備わっているから狙われたってこと?」

 「そういうことになりますね」

 少し頭が混乱しているせいか、いや、まともな人間ならこんな話を信じる気にもなれないだろう。

 「・・・じゃあ、あなた達は何なの?」

 「私達ですか?」

 「うん」

 「私達は魔族を討滅するための神の使徒“聖者”です。俗にサイフォスとも言い、つなげて“聖者サイフォス”と言う場合もあります。どれにしろ同じことですけど」

 「・・・・・・へぇ」

 妙に核心に迫る感じで次々と説明してくる。

 「・・・でも」

 「?・・・でも、何?」

 「・・・でも」

 「あ〜もう、だから人間は嫌なの!ハッキリしないわね〜・・・」

 ブレスレットの少女は声だけだったがかなり怒っている口調だった。

それを制するように姿が現れている少女が言う。

 「と、とりあえず今日はもういいと思います。まだ頭の中錯乱していると思いますし・・・」

 「・・・シオンがそういうなら別にいいけど・・・」

 錯乱まではいかないが、確かに裕生の頭の中は混乱でしていた。

 「・・・あの、これは本当に現実なのですか・・・?」

 「・・・現実です。夢でも何でもない・・・現実・・・」

 「・・・やっぱり・・・」

 裕生ががくんと肩を落とす。

 「それでは、今日はこのまま続けてもあまり理解してくれないでしょうし・・・」

 「そうね。今日のところはこれでおしまいっ」

 ブレスレットの中の少女が言うと、小柄な少女が手のひらを開けて裕生の額に腕をぐいっと伸ばした。

 「それでは・・・おやすみなさい」

 少女がそう言った気がした。

 そこから裕生の意識は途絶えた。一瞬にして・・・。

 裕生の目の前は暗闇に溶け込んでいった。

 何が起こったかはわからない。ただわかるのは・・・

 何がどうなってこうなったのか・・・それだけだった・・・。





 流河裕生は朝、自分の部屋のベッドで目が覚めた。
 
 「・・・あれ?」

 何が起こったのだろう、少女が何か自分にした気がしたのだが。
 
 (もしかして、夢?)

 そう思うのが一番現実的なのかもしれない。

 (でも・・・)

 自分はあの出来事が起こった同じ服装で寝ていた。

 (やっぱり・・・?)

 しかし、あそこで少女に眠らされたと考えても、どのようにしてここまで運んだのだろう。

あの化け物を一瞬にして葬った少女ならできでも過言ではないかもしれない。

 夢だと考えてもあまりに衝撃的で、しかもはっきりと覚えている。

 現実だ、と考えてもあまりに現実離れをしている。

 何だか気分が悪い。

体の調子が悪いとかそんなものではない。

恐怖によって心を押しつぶされた感じだった。

 (あんなに衝撃的なものだったんだ・・・夢でもはっきり覚えていても不思議じゃないかも・・・)

 そうは思ったが現実ではないと何故か否定が出来なかった。

 (やっぱり、現実・・・なのかな・・・)

 頭の中が無茶苦茶になる。

まだ混乱しているようだ。

 「・・・やめた!」

 そう大きな声で言うと裕生はベッドから跳ぶようにして出て立った。

そういえば今日は平日。学校のある日だ。

 (夢とか、現実とか・・・どうでもいいか・・・)

 そう思い、何となく自分の部屋の勉強机の上にある青の目覚まし時計を見る。

 「うわっ!?」

 気付いたらいつも起きている時間より二十分もオーバーしている。

裕生は急いでクローゼットを開けて学生服を取り出した。

 いつもの二倍上のはやさで着替える。

 「母さん、起こしてよ・・・もうっ」

 完全に母のせいにして愚痴をこぼす。

 「ひろおー!学校に遅刻するわよ?」

 今頃になって裕生の母親、由紀が下の階で言った。

 「言うの遅いって・・・」

 (まあいいか)

 別に遅刻するような時間ではない。

コンビニによる時間を省けばいいだけだ。

 そう思い、裕生は早歩きで階段を降りていった。





 裕生が台所に行くとテーブルの上に食パンをサンドイッチのようにはさみ、中には卵やらレタスやらが入っていた。

豪華なサンドイッチ。完全なる洋食の朝食。

 流河家は三人家族。父親は二年前病気で他界している。

あとは裕生と母親、由紀。もう一人はというと頼りになりそうでならない喧嘩っ早い大学生の兄の直樹だ。

 「母さん・・・」

 「何?」

 台所でコーヒーのようなものをマグカップ二個に入れながら笑顔で母は振り向いて言う。

相変わらず台所も綺麗で部屋も綺麗で広い。

 「・・・これ、洋食だよね?」

 「そうよ〜♪」

 母はコーヒーを入れ終わって二個のマグカップを自分に、もう一個を梨音の朝食を入れている皿の横に静かに置いて、自分の席に座った。

 「・・・ぼく、洋食嫌いなんだけど・・・」

 裕生は和食が大好きで、洋食は大嫌いまではいかないが好きではない。愛国心のある立派な少年である。

 「裕生が起きなかったらかわりにつくってあげたんじゃないの?」

 母は洋食好き。裕生は和食好き。母は和食が嫌い。裕生は洋食が嫌い。

矛盾しているこの親子は朝食を別々に作っている。

 これは裕生の提案で、昔から母の朝食は洋食なのでそれが嫌だった裕生は朝食は自分が作ると高校に入ってから宣言し、それ以降はずっと自分で作っていたが、今回は違っていた。

 「なら起こしてよ〜」

 「何となく今日は裕生に洋食の良さがわかってくれると思ったからね」

 「何がどうなろうと嫌いなものは嫌いだって・・・」

 裕生はサンドイッチを口の中に入れると変な顔をした。

 (母さんにあんなこと言っても信じてくれないよな・・・)

 「どうしたの?裕生・・・?」

 「あっ何でもない!」

 裕生は我に返った。

 そういえば、何でいつのまにかベッドの中で寝ていたのか・・・母なら知っていると思い聞いてみる。

 「母さん?」

 「何?」

 「昨日ぼく、塾行っていたよね?」

 「?・・・ええ、そうよ」

 「昨日、ぼくどうやって帰ったか知ってる?」

 「う〜ん・・・私がお風呂に入っている間に何かいつの間にかベッドの中に入って寝てたわよ?」

 「!?」

 そんなこと全く覚えていない。記憶になかった。

 母は嘘はついていない。長年の経験で目を見たらわかった。

 (どうなったんだろう・・・ぼく・・・)

 「そんなことより、裕生、学校はいいの?出る時間でしょ?」

 「あ、そうか!?」

 裕生は考えていたことをすぐにやめ、足下に置いたバッッグを素速く取ると居間を出た。

 「いってきまぁす」

 靴を履きながら裕生は母に向かって言う。

 「いってらっしゃい」

 母が言葉を返した。