第十章 | 犠牲 |
夏服のの格好をした柄の悪い二人組が夜道を歩いている。
どちらも金髪で、歳は十五前後くらいだった。
特に顔の特徴はなかったが、一人はニキビ面をしており、もう一人はキツネ目をしている。
「カッカッカ・・・今日も大量だな!」
「そうだな、ここらの連中はちょっと脅しゃぁすぐに金を出す臆病ばっかりだぜ?」
どうやらこの二人は今日一日カツアゲをしていたらしく、手には万札とバタフライナイフが握られている。
「もう少しやっていこうや、ここらじゃあ人も少ねえし、やりやすいぜ?」
まだカツアゲをするらしい。
「ったく、悪い奴だなぁ・・・ははは」
ニキビの男が妙な笑い声をあげる。
「ん」
「お」
二人が同時に言った。
気付くと目の前にダークスーツの男が立っていた。
砂色の髪の毛を後ろに束ねており目は細い妙な男だった。
「こいつで試してみるか?」
「おう、何かひ弱そうだしなあ・・・」
小さな声で二人は相談をする。
「おい、オッサン」
「何ですか?」
細い目を更に細めて男が言う。
「金持ってねえか?」
「金ェ?持っていればどうしようというのですか?」
「痛い目見るぜ?」
キツネ目の少年は男にバタフライナイフを突きだして見せる。
大抵の人間はここで動揺し、逃げるか金を出すかのどっちかだった。
少なくともこの二人はそう思っていた。
「何ですか、それは?」
男は全く動揺する気配はない。
顔が少し笑っているようにも見えた。
(何だ、こいつ・・・)
ちょっとおかしいと、バタフライナイフを突きだした少年は悟った。
もしかしたら、恐ろしいのだが、強がっているだけかも知れない。
「あァ!?出さねえのか?刺すぞコラ」
更に少年はナイフを前に出して、少し一歩男に近づく。
声は明らかに男に対して威嚇をしている。
ここまですれば何か反応はするだろうと少年は思った。
「刺す・・・?それでですか・・・?人間の劣悪種ごときが私を殺せると?ほほほほほ・・・」
不気味な笑い声をした。
少年はその笑い声を聞くと、顔色が変わった。
「何だテメェ!?俺たちを馬鹿にしているのか?」
「そうだぜ、自分の身のために金を出しておいた方がいいぜ?オッサン」
ニキビ面をしている少年が続く。
「身のため?あなた達何か誤解をしていませんか?」
「あァ!?」
顔をかなり歪めて、でも威嚇をしている顔はやめずに少年は言った。
「私にそのナイフとやらを突きつけたことですよ・・・?いくらそれが私達に通用しないとはいえね・・・ほほほほほ」
また笑い声を出す。
「馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!」
「馬鹿にする?勘違いをされては困りますね・・・。馬鹿にしているのは君たちですよ?下等種族のくせに私にそんなセリフを吐くこと自体がね・・・」
「もう一度言う。金を出せ・・・。出せばこの場を見逃してやる・・・。出さねェとマジで刺すぞ」
少年の声はもう震えていた。
この男の威圧感に圧されている。
「ほほほほほ・・・刺せる者なら刺してみなさい」
「金、を、出せ!!」
少年はついにきたのか、ナイフを男の腹目がけて刺すように突きだした。
「人間風情ごときに私に命令など・・・」
男がそう言うと、刺そうとした少年の顔は一瞬凍り付いた。
「ほほほほほ・・・」
男が笑う。
笑うと、男は刺そうとした少年の頭を鷲づかみにした。
「ぐおっ!?」
凄い力で頭を掴まれたので少年は痛々しい声を出す。
「やはり、この程度ですか?」
言うと、そのまま少年を高く掴み上げた。
「なっ?」
それを見ていたニキビ面の少年は一歩後ろに下がる。
「う・・・ぐ・・・」
掴み上げられた少年は絞り出すように悲鳴をあげた。
男を刺そうとしたナイフが手から滑り落ちる。
少年は手や足を無茶苦茶にバタバタを動かしているが、男は話す気配はない。
「劣悪種が・・・私にあのような態度をとるからこうなるのですよ・・・?」
「助・・・け・・・」
少年は命乞いをする。
しかし男はそれを無視して続ける。
「・・・私はちょっとこの前奪ったレジストのおかげで呪縛陣無しで魔力を使えるんですよ・・・今、あなたを殺すのに魔力を使えばいくらなんでも聖者でも力を察知されます・・・。でも人界に来るのには危険はつきものですからね」
少年は何を言っているのか全く理解できていなかった。
考えているのは、この男は殺す気だ、ということだけだった。
「呪縛陣を使っていると死ぬときに痛みがないまま息絶えることは出来るのですが、使えば使うほど聖者に察知されますのでそのことについてはすみませんねぇ・・・痛い目見て死んでもらいます」
「助け・・・て・・・」
少年は小さく呟く。
「おや?こんな時でも命を悔やむのですか?私を殺そうとしたのに・・・?」
「助、け、て・・・すみま、せん・・・」
「無様ですねぇ・・・人間って・・・ですがもう見返りをしようと無駄ですよ?」
「おねがい、し、ま・・・」
「このまま頭を潰されるのと、私の“魔力”で殺されるのと・・・どっちがいいですか?」
男が問うと少年はもう既に白目をむいていて気を失っていた。
「おやおや・・・気絶してしまいましたね・・・面白くないですね・・・」
男が情けなさそうに言うと、手に力を込めたと思うと、頭を掴まれていたところが金属のようなものに変わった。
「ひっ・・・!?」
ニキビ面の少年は腰を抜かして後ろに倒れ込む。
頭を掴み上げられていた少年はその場所を境に、どんどんと金属の部分が身体全体に広がっていった。
「私の魔力は“触った者を金属にする”です・・・。この方の身体を金属に変えさせて頂きます」
言うと同時にその少年の身体は完全に金属に変わっていた。
男は掴んでいた手を離すと、金属と化した少年が地面にゴトリと落ちる。
「すみませんねぇ・・・・・・あとは、あなたですね・・・見ていたことを言われちゃ困りますからね」
男はもう一人の少年の所に一歩近づく。
少年は既に腰を抜かして地面に倒れ込んでおり、逃げる気力はなかった。
「誰にも、言いませんから・・・」
顔は恐怖によって固められている。
目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
男はまた一歩近づく。
トン、と地面と靴が混じり合う音がした。
「ここで見たことを忘れられますか?」
少年はかくかくと首を縦に振った。
うなずいているようにも、震えているようにも見えた。
「では命だけは助けましょう」
少年がかすかに息をついた瞬間―
「嘘ですよ」
からかいの混じった冷酷な声で男は言った。
その言葉を聞いた少年はまた更に涙がこぼれ落ちる。
涙のせいで顔は見えなかったが、酷薄な笑みを浮かべていることだけはわかった。
「すみません、すみません、すみません・・・」
涙目を大きく見開きながら少年は呪文のように繰り返す。
しかし男は聞く耳を持たずにまた一歩近づく。
「だめですよ・・・あなたも金属にしてあげますから・・・」
また一歩踏み出す。
「大丈夫です・・・痛みはあまり感じません・・・いや、感じますかな?激痛が・・・ほほほほほ」
男は笑う。
もう男は少年をさわれるほど近くまで来ている。
少年はいきなりハッとした顔つきになって言う。
「あ、あの、これ・・・あげます、から・・・」
少年は急いでポケットから今日、人から奪った万札数枚を男に突きだした。
「何ですか・・?それは」
男はにゅっと、手を伸ばすと少年の頭を掴んだ。
「うわああああああああああああああああ!!!!!」
少年の血の悲鳴が虚しく、こだました・・・・・・。
「はっ!?」
シオンは驚きの一声を上げる。
「どうした、シオン?」
「いや、何でもありません・・・少し“魔”の力を感じ取れた気がするのですが・・・」
「近くに来てるの?」
「いえ、かなり小さい気、でしたので気のせいでしょう・・・」
「そう」
裕生は言うと、座っていた椅子から立ち上がる。
「あのさぁ、シオン?」
台所に立つとシオンに向かって裕生が言った。
「何ですか」
「やっぱり家の中にいなきゃダメ?」
「家の中に魔人が入ってくるってことも考えられますので」
「ああ、そう・・・でもご飯・・・シオンの分まで買っていないから・・・ちょっと少なくなるけど、いい?」
裕生が作る今日の夕飯は冷やし中華だ。
しかしシオンが家に来るとは思っていなかったので、自分と兄・直樹と母・由紀の分しか買っていなかった。
でも出さないわけにはいかないので裕生自身の量を減らせば何とか足りる。
「別に、私の分はいりませんよ」
「そういうわけにはいかないよ・・・ちゃんと作るからさ・・・」
「そう、ですか?」
シオンの顔がどことなく嬉しそうに見えた。
「裕生ォ〜!今帰ったぞ!!」
玄関の方で聞き覚えのある大きな声がした。
「兄さん・・・」
裕生はあきれた顔をすると玄関の方に向かう。
「よぉ、裕生、晩飯はなんだ?」
「冷やし中華・・・あと兄さんもう暗いんだから近所迷惑とか考えようよ・・・」
「ん?そうか、スマン」
裕生の兄・直樹はスリッパをはくと、居間の方に向かった。
裕生は大きなため息をつくと、台所に戻った。
「あれ?」
直樹の声が聞こえた。
「こんばんは、おじゃましてます」
次はシオンの声がした。
見ると、直樹とシオンが目を合わせている。
「おいおいおいおい、裕生よ、何カモシカさんつれてきてんだよ!?」
「川島ね」
「それ、やっぱ何かあるんだな?」
「違う、ボクの命を−」
裕生は急いで口をふさぐ。
勢いで言ってしまった。
「何だ?お?」
「いや、何でもない・・・」
「まあいいや、ゆっくりしていってくれや」
直樹は歯を出してニカッと笑うと、シオンの隣にある椅子にドカッと音を立てて座った。
直樹は笑って、シオンは冷静な顔つきで何かを話している。
対照的な二人だがどこか気の合いそうな感じもする。
(あまり問いつめて来なくてよかった・・・)
裕生は気を取り直して自分の仕事である料理に戻した。