第十二章 衝撃

 マンションの一室から外の駐車場に行くとやはりそこにいたのはあの男だった。

 細目で砂色の髪の毛を後ろで束ねている。

服装はダークスーツでかなり不気味な印象を受けた。

 シオンが裕生よりも少し前に出る。

すると男は何がおかしいのか笑い声を上げた。

 「ほほほ・・・紅牙<tィオさんと契約していたのはあなただったのですか?」

 「そうです、あなたは・・・?」

 「私の名前は煉獄の剛金<Oリバリーです。言うまでもないかも知れませんが私は魔人ですほほほ・・・」

 「私は蒼電<Vオン。はじめまして」

 「ほほほ・・・こちらこそ初めまして・・・今回ここに出向いた理由は・・・」

 グリバリーと名乗った男は細い目を更に細めてシオンの後ろにいる裕生の顔を見た。

 「シオンさんの後ろにいる流河裕生さんのレジスト≠奪いに来ました」

 グリバリーは声を出さずに口で笑う。

 「流河裕生さん、レジストを渡して貰えますか?」

 グリバリーは面白そうに笑った。

 「何で渡さなきゃならないんだ?」

 もちろんのこと、黙って渡すわけにはいかない。

レジストは裕生の体内に吸収されている神器であり、魔族が使う魔力の根源である“負の感情”を吸い取る力がある。

そして、レジストを蔵している人間の怒りが蓄積していくと“覚醒”し、今まで吸い取った“負の感情”を変換して出来る力を使えるようになるものだ。

 このレジストを体内からぬくと、人間は死んでしまう。

 「やはり渡して貰えませんか、残念ですねえ・・・ほっほっほ」

 裕生はこの男の態度がどうも気に入らなくて、少し睨み付けてやった。

 「やはり、流河さんのレジスト目当てですか・・・」

 「当たり前でしょう?そうでなかったら何でわざわざ劣悪種に会いに来なければならないのですか?」

 グリバリーは冷酷な笑みを浮かべて言った。

 「そうはさせません。私は流河さんの護衛の聖者です」

 「それはわかっていますよ、シオンさん、簡単に頂くことはできないと重々承知のうえで出向いていますから」

 「私と、戦うと?」

 シオンは二本の大剣のうちの一本、“紫電”をグリバリーに向けて突きだした。

そのまま、“紫電”からは青色の閃光がびりびり、という音を出して剣を駆けめぐっていった。

 「ほほほ・・・それが神器“紫電”ですか・・・噂に恥じない美しさ―素敵です・・・」

 グリバリーは首だけを前に出して、“紫電”をなめ回すように見つめた。

 「私と戦う気なら容赦しません」

 シオンは厳しい顔の表情を全く変えないで、真っ直ぐな目でグリバリーを睨み付ける。

 「容赦しません・・・?本気でいってもらわないとこっちも困りますねえ・・・暇つぶしという言葉を知っていますか?」

 グリバリーが哄笑すると、ブレスレットの中から声がした。

 「何だか私達が負けるような言い方ね、グリバリー?」

 この少女の声の主は、聖者シオンが契約した紅牙<tィオ。

どうやらかなり優秀な聖者らしく、かなり経験は積んでいるようだ。

 「フィオさんですか・・・お久しぶりですねえ・・・」

 「こっちは会いたくなかったわよ?人間と聖者嫌いのグリバリー?」

 「ほほほ・・・それは残念ですねえ・・・」

 「ま、感動の再会もすぐに途切れる・・・お前はここで戦うと死ぬ・・・」

 「ほう・・・」

 グリバリーの眉が少し動いた。

しかし、気味の悪い笑顔は崩さない。

 「寝言は寝てからと言いますよね?聖者の劣悪種ごときに私が?」

 「ひいたほうがいいと思うわよ?能無し魔族さん?」

 「おのれ、よくも・・・」

 ぎりっと歯噛みをすると、グリバリーは笑うのをやめた。

どんどんと本性を現すように冷酷な顔が広がっていく。

 「劣悪種ごときが私に命令など・・・思い知らせてくれる!!」

 グリバリーは腕を空中に伸ばした。

何もない空間から、先端が円刃になった一本の杖が現れその手に収まる。

 シオンは少し表情を変え、二本の大剣“紅蓮”と“紫電”を構え直した。

 「いいでしょう・・・私に逆らったことを後悔して死ぬがいい・・・」

 「シオン」

 フィオが言った。

 「何ですか?」

 「あいつの魔力は触る相手を金属にする能力を持っているわ。触られないように戦いなさい。触れるとその時には・・・」

 「わかっています」

 シオンは一歩前に出る。

そしてゆっくりと振り返り、裕生の方を見る。

 「もし、私がやられていても絶対に助けに来ないで下さい。あなたは生きなければなりません」

 「何だって?」

 「私が殺されれば、どうにかして逃げて下さい。きっと変わりの聖者が助けに来てくれます」

 「そんな命令は聞かない・・・ボクの性格を知っているだろ?」

 裕生は優しく微笑む。

 「・・・すみません」

 「何で謝るの?」

 「それでは」

 「シオン!」

 シオンがグリバリーの方を見ようとすると、裕生が大きな声を出し、シオンを制した。

シオンはまた裕生の方を向く。

 「何ですか?」

 「ムチャ・・・しないでね・・・頑張って」

 「・・・・・・はい」

 シオンはさっきの裕生の微笑みと同じように優しく微笑むと、グリバリーの方を向いた。

 すると、グリバリーの周囲に魔法陣が現れたかと思うと、周りの景色は赤く染まった。

これは聖者、魔族がどちらも使う幻魔法≠フひとつ呪縛陣

魔力とは別物で、空間を遮断し、時間を止める働きがある。

この空間内で動けるのは、魔族、聖者、レジストを蔵している人間だけだ。

 「いいでしょう。私がこの手で殺してあげます」

 「させません!」

 叫ぶとシオンは走り、グリバリーの懐に飛び込んだ。

 「甘いですね」

 グリバリーの握っていた杖が振り下ろされる。

シオンは素速く反応し、その杖を“紅蓮”で弾き返した。

 その衝撃で、シオンは地面に倒れそうになるが、何とか地面に手をつき、回るように体勢を立て直した。

 「ほう・・・やりますねえ・・・ギニーさんが言っていた通りただ者ではありませんねえ」

 グリバリーは感心しているのではなく、小馬鹿にしているように笑った。

シオンはそれに対して鼻で笑う。

 「まだまだ、これからですよ?」

 シオンは目にもとまらぬ高速の速さで、円を描くようにグリバリーの背中に回った。

 グリバリーは一瞬驚いた顔をしたが、遅かった。

 そのまま、シオンは“紫電”をグリバリーの背中に突き出す。

すると空から激しい稲妻が降り注ぎ、グリバリーの体中が焼かれていく。

 「ぐあああああああああああああああ!!?」

 グリバリーの悲鳴が大きく響いた。

 「この、劣悪種があ!!」

 グリバリーは雷を振り払い、シオンに向かって杖を上から振り下ろした。

 「クッ・・・!」

 シオンは“紫電”はグリバリーに突きだしていたので、受け止めることができなかったがこの剣は双剣。

もう一本の“紅蓮”で何とか受け止めた。

 「少しはやるようですね・・・しかし!」

 グリバリーは杖を握っていない左手でシオンの顔を掴もうとするが、シオンは敏感に反応し、顔で避けた。

この男の魔力は触った物を金属にするというもの。

触られたら最後、金属に変えられてしまう。

 シオンは顔で避けると、跳び、回るようにグリバリーの顔を蹴った。

蹴りはまともに入り、グリバリーは地面に転がった。

 「ぐあッ!?」

 グリバリーは痛々しい声を出す。

 「うまいわよ。シオン」

 感心しているようにフィオはシオンに声をかける。

 「ありがとうございます」

 「しかし、油断大敵よ」

 「はい」

 グリバリーはよろよろと立ち上がった。

目は鋭く、黄色く光っていた。

 その目をシオンに向けている。

 「貴様・・・よくも私に膝を・・・」

 グリバリーは歯を噛みしめる。

 「その程度ですか?まだ終わっていませんよ」

 「その威勢のいい態度・・・黙らせてくれる!」

 グリバリーは奇声とも言える叫び声を発しながら、杖を握りしめシオンに向かって走っていく。

 「死ねぇ!!!」

 杖を振り下ろすが、シオンは簡単に横に避けるとグリバリーの杖を持っていた右手を肩から斬り落とした。

 「ぐあああああああああ!!?」

 グリバリーの右手は杖とともに地面にゴトリと落ち、グリバリーは地面に倒れ込んだ。

 「終わり、ですか・・・?」

 「まだ、終わってないぞ劣悪種が・・・」

 汗まみれの顔をシオンに向けて言った。

 シオンは情けなさそうにため息をつくと、“紫電”をグリバリーのその顔に突き出す。

 「ここから消えて下さい」

 “紫電”からは今だ青い閃光が帯びているままだ。

グリバリーは悔しそうに歯を噛みしめる。

 「私を馬鹿にしているのか、貴様・・・」

 唸るようにグリバリーが言うと、フィオがため息をつく。

 「そうじゃないわよ、グリバリー。助けてあげるって言っているんだからね」

 「何だと・・・」

 「右手はなくしたけど、生きて帰れるからいいじゃない?」

 「しかし・・・魔界に戻れば失敗した愚か者と見られ・・・殺される・・・」

 「私はそんなところまで知らないわよ。何であんたの世話までしなきゃいけないわけ?」

 シオンはグリバリーに“紫電”を突き出すのをやめる。

 「魔界と人界の間“煉獄”にでも身を潜めたらどうですか?あなたは煉獄出身の魔族と聞きましたから」

 「何・・・?」

 「もう悪いことをしない、人を殺さないと誓えるのなら助けてあげます」

 「・・・」

 フィオはまた情けなさそうにため息をつく。

 「助けてあげるって言っているんだからさっさと消えたら?」

 「すまない・・・」

 グリバリーは残っている左手でだけで立とうとした。

しかし―

 「ぐえっ!?」

 いきなりシオンの横から鋭く尖った氷柱がとんできて、グリバリーの頭に刺さった。

そこから血が噴出する。

 「ぐはああああああああああああ!!?」

 グリバリーは悲鳴を発すると、体全体が不規則にばらばらに飛び散った。

血は出ていない。

その変わりに冷気を帯びた小さな氷のようなものが降り注いだ。

 「はっ!?」

 「何っ!?」

 シオンと裕生は同時に同じ方向を素速くむきなおす。

そこにいたのは二人とも知っている男が立っていた。

 ゼニスブルーの髪の毛、マントを帯びた貴公子のデザインの服。

黒く、輝きのない冷酷な目をしているが、綺麗な顔をしていて手には細身の剣、神器“フロスト”を持っている。

 この男は“凍牙の刃”魔人ギニー=ファントム。

強力な氷の因子の魔力を持っていて、剣の腕も相当で魔人の中でもトップクラスの能力を持つ。

 ギニーは自分自身の前髪をそっと触ると、喉の奥で笑った。

 「一部始終を見せて貰ったよ、グリバリーさん・・・全く情けないですねえ・・・おっと、もう聞こえませんか?」

 酷薄な笑みを浮かべてギニーは言った。

 「ギニーさん・・・」

 シオンは“紅蓮”と“紫電”を構え直して、ギニーのいる方向を見る。

 「あなたですか・・・」

 「おや?何か歓迎されていない言い方だね・・・まあいいや」

 「何をしに来たのですか?」

 「いや、ボクはただグリバリーを殺しに来ただけだよ?別に今日はやり合うつもりはない」

 そこまでギニーが言うとギニーの顔の横に刃が突きつけられていた。

ギニーは動揺している気配はなく、笑った顔を崩さずに目線だけその突きつけられた刃の方を向いた。

 「風刃の双牙<сCバさんですか・・・元気にしていたカナ?」

 「ふざけるなギニー=ファントム」

 ギニーの横に立っているのはシオンと同じくらい小柄な少年だった。

その体よりも大きい長剣を握っており、それをギニーに突きつけている。

 長めの銀髪をしており目の色は右目は赤、左目は緑と左右色が違っていた。

可愛らしい少年の顔をしているのだが、強い意志で固められ、その幼い顔を忘れられるほど引き締めている。

 「何故ボクがここにいるとわかったのカナ?」

 「そりゃあ、呪縛陣をはっているからな。わかっているのに質問をするな」

 「それは悪かったネ・・・しかし!」

 いきなりギニーは叫ぶと握っていた剣、フロストでヤイバが握っている長剣を弾き飛ばすと、顔に剣を突きつける。

 「あまり大きな態度をとると身を滅ぼすってことを教えてあげるよ・・・」

 ギニーは冷酷な声を出して言った。

 少年は表情を全く動かさずにとまっていた。

すると、ギニーは感心したように笑みをこぼすとヤイバに剣を突きつけるのをやめ、マントを翻しながらシオンの方に向かっていく。

その途中、立ち止まるとヤイバの方向に振り返り、酷薄な笑みを浮かべる。

 「あぶないあぶない・・・刺されるところだった・・・」

 ヤイバは左手にもう一本、レイピアを持っていた。

 「刺そうとしたが・・・遅れたな・・・」

 ヤイバは銀髪の頭を掻きむしり、弾き飛ばされた長剣を拾う。

 「お久しぶり、でもないカナ?シオンちゃん」

 ギニーはシオンに顔を近づけ囁いた。

 「それはどうもありがとうございます」

 「ふっ・・・」

 ギニーは顔を突き出すのをやめ、裕生の方を見て鼻で笑う。

 「何だよ?」

 「いや、今日、ここに出向いたのはただグリバリーを殺しに来ただけじゃない・・・ちょっとご報告があってネ?」

 「ご報告?」

 「ま、聖者はわかっていないだろうし・・・言うと面白いことになりそうだからネ・・・」

 「面白いこと?」

 裕生は言った。

 「そのレジストの正体がわかった・・・」

 「正体・・・・・・?」

 シオンがギニーの目を見て言った。

ギニーは目線をシオンの方に向ける。

 「あの子のレジストの正体は・・・爪破裂界=v

 「えっ!?」

 「何?」

 「何だと!?」

 「・・・?」

 シオン、フィオ、ヤイバが驚く声を出すが、裕生は何を言っているのかわからなかった。

 「今、何て言った!?」

 口を開かなかったフィオが大きめの声を出す。

 「爪破裂界=E・・ま、ボクも知ったときには飛び上がって驚いたヨ・・・」

 ギニーは肩をすくめて言った。

 「それが、流河裕生さんにそなわっていると?」

 「そういうことになるネ・・・一応リギラさんには言うなとは言われているケド、ボクが言ったことには内密に・・・」

 ギニーは指を一本つきたて、しーっと言うように口の傍につけながら笑う。

 「それじゃあ、今日はそれだけだから・・・」

 ギニーはマントを翻しつつ、シオンに背を向けて立ち去ろうとする。

そして、シオンの方を振り返り、冷酷な笑みを浮かべて言う。

 「一応言っておくケド・・・次戦うのはボクになるかもしれないから・・・その時はよろしくネ・・・」

 言うと、ギニーの周りに魔法陣が出現し、一気にギニーの姿は消えた。

それと同時に、呪縛陣もすぐに消え去り、また元の時間が流れ始める。

 シオンとヤイバは厳しい目をして目を合わせる。

裕生は何が何だか理解できないまま立ちすくんでいた。