第十五章 信用

 「ん?」

 銀髪の少年風刃の双牙<сCバは怪訝な顔をしてゆっくり振り向いた。

 「どうしたのですか?」

 横にいる青の混じったサラサラヘアーな少女蒼電<Vオンは尋ねた。

二人とも同じ聖者サイフォスである。

 「・・・いや、何でもない。気のせいだ」

 十三〜十四の少年の声をしているのだが、それを忘れるほどの威圧感を周囲に漂わせている。

 「やっぱりありますよ。ここにも、ここにも、あちらにも・・・」

 シオンとヤイバは裕生の住んでいるマンションからかなり離れた河川敷に来ている。

規則性のない石や岩が転がっており、多くのゴミが捨てられていた。

 「やはりこれはリギラさんの仕業でしょうか?」

 「いや、これほどの強力な幻魔法はいくらリギラでも使えまい・・・」

 「では誰が?」

 「おそらく、蒼天雷神=v

 「そうてん・・・らいじん・・・」

 「そうか、お前にとっては元師匠だった奴だもんな」

 「でも何で魔族なんかに・・・」

 「それは知らん。しかし何で奴は、お前に“紫電”なんかを?そんなもん預けたら向こうが不利になるに決まっているのに」

 「それも私はわかりません。しかし向こうにも何か考えがあるのではないでしょうか?」

 「さあな・・・そんなことより、向こうが流河裕生のレジストが爪破裂界≠セとわかったとしたら、こんな幻魔法だけではすまさないだろうな」

 「そうでしょうね」

 「紅牙=Aどう思う?」

 ヤイバがシオンが腕にかけているブレスレットを見て言った。

この中に身を預けているのはシオンとヤイバと同じように聖者である紅牙<tィオだ。

 「私に聞いてどうする気?」

 「あんたは昔の大戦での経験から何か解らないか?」

 「・・・さぁ」

 「さぁ?」

 「昔の魔族は知能なんか使わずに力押しでバシバシ攻めてきただけでよかったけど、今回は知能まで使ってる・・・昔とは違うから私にも予想がつかない」

 「あぁ、そうか・・・・・・」

 「でも、少し力押しの所はなおっていないようだけど」

 「確かにな、そのせいで既に何百人の聖者が奴等に殺されている。レジストも残りわずかだ」

 「ま、奴等の考えはこうでしょうね。まずは違うレジストを回収、破壊して流河のレジストは後回し。そして残った流河のレジストを奪取・・・」

 「ほかに手が回らないようにしているんだろうな。多分な」

 「そんなところでしょう、きっとね」

 ヤイバはまた眉をひそめた。

 (また・・・・・・)

 ヤイバはいきなり腰に差している刀に左手を鞘、右手は柄に手を置くと、素速く抜刀した。

その間、チャキン、という華麗な音が響いた。

 このヤイバが持っている刀身の細い長刀は神器“エア”

風を自在に操る能力をそなえている。

 「ちょっと行ってくる。あんたらはここで調査を続けてくれ」

 「え・・・ヤイバさんはどうするのですか?」

 「ちょっとな・・・」

 言うとヤイバは人間の何十倍の高さで跳躍すると渦巻いている緑色の風と共に一気に飛び去っていった。

 「・・・・・・何なんでしょうか?」

 「さあ・・・あいつが何考えているかは聖者でもわからいわよ」

 少し不満げにフィオは言った。





 化け物は首を回しながら唸り声を上げた。

 (裕生・・・?)

 唯や綾香、緒方が呆然と見守る中、クラスメイトで友人である流河裕生が現れた。

右手には細身の長刀が握られており、ゆっくりと構えた。

 「みんな、少し離れて!」

 裕生が目線だけをその獣に向け、綾香達に叫んだ。

 「いきましょう」

 綾香が唯の手を掴んで無理矢理立ち上がった。

 「え?」

 「緒方さんも」

 緒方は我に返ると、曖昧な相打ちをして木の棒を握っているまま綾香が走っていくのを追った。

 綾香達は神社の裏側に身を潜めた。

 「あれ、どういうこと?」

 唯が震える声で言った。

 「詳しいことは流河さんに聞いて下さい」

 綾香はこの状況をわかっているような口調だった。

 「流河に!?」

 唯が裕生の方を見た。

 (何だってのよ・・・)

 流河裕生は汗がまみれた顔でその謎の化け物を睨み付けた。

 (少しでも、油断すれば殺される)

 刀を握る力が強くなった。

これは魔人ではない。きっと悪魔の類だろう。

 裕生は一歩後ろに下がった。

 化け物は鼻息のようなものを不気味にたてるとゆっくり裕生の方に向かってくる。

 (慣れてないけど、やるか・・・)

 裕生が握っている長刀はツルギに貰った物。

出かけている間に襲われると危険だからと言い、これをわたされた。

 (いい迷惑だよ、こっちは)

 歯軋りを立てると、化け物はバッと音を立ててこっちを見てきた。

 (来るか!?)

 思ったときに化け物は巨大な腕を振り下ろしてきた。

手には鋭い大きな爪を生やしている。

こんなもので切り裂かれたらひとたまりもないだろう。

 「この!」

 しかし裕生は長刀で素速くそれを受け止めた。

 「グガア・・・」

 化け物は妙な唸り声を発すると大きく後ろに避けた。

 (見える・・・)

 かなりあの振りは速かったはずだ。

しかしかなり敏感に反応できた。

 (これもレジストのおかげか・・・)

 安堵に浸っていると、いきなり化け物は裕生目がけてとびつき、口をガパッと開いて噛みついてきた。

 「クッ・・・!」

 裕生は間一髪で避けると、化け物はかわりに後ろにあった大木を噛み砕いた。

するとその大木は大きな音を立てると、地面に落ちた。

 (冗談・・・)

 あまりに圧倒的すぎるパワーに裕生は圧された。

 少しでも喰らったらこっちの命はないだろう。

 「クッ」

 裕生が一歩後ろに下がったときだった。

 「手間取ってるようだな、旦那」

 いきなりからかいの混じった大人の男が裕生の頭の上からした。

 「え?」

 裕生が上を見上げそれを確認しようとした。

 すると

 「ウグガアアアアアアアアア!!!!」

 気付くと、斬撃一閃が裕生の視界の隅で確認できた。

急いでその方向を見直すと、化け物の腕は完全に断ち切られていた。

斬られた場所からは何故か血は出ていない。

 化け物は大きく後ろに仰け反り、耳が痛くなるほどの奇声を今だ発している。

 「なるほどね」

 その男はその奇声に動じることなく冷静にそれだけを言った。

男は完全に漆黒のマントを全身に覆っており、顔はマントと同じ色のフードのようなものを被っており、見ることは出来なかった。

 コートから出ている手には日本刀のような刀身の太い刀を握っている。

 (敵じゃない・・・よな?)

 裕生は一息を突くと男に尋ねてみる。

 「誰ですか、あなたは?」

 少し警戒を持ったような声になってしまった。

 「ん?そんな警戒しなくてもいいぜィ?」

 男は質問に答えないまま、刀を鞘のような物におさめた。

 化け物は何が起こっているのかわかっていない様子で唸りながら斬られた腕をおさえていた。

 「魔族も進化したもんだねェ・・・俺も納得しちまった」

 (誰なんだ・・・?)

 思うと、いきなり空中から華麗に少年が降り立ってきた。

その少年には見覚えがあった。

 この少年は裕生が握っている長刀の持ち主のヤイバ。

ヤイバは片手に自分の身長より長い長刀を握っている。

 「ん、よぅヤイバの旦那。元気かィ?」

 男はうれしそうに微笑みの混じった声で言った。

 「先こされたなァ・・・くそ」

 ヤイバは長刀を腰に差している鞘におさめる。

 「その言い方はないだろゥ?危ないところだったんだぜ、なあ、旦那?」

 男は顔を裕生の方に向けて言った。

少しだけ、眼が見えた。

それは迷いのない真っ直ぐな眼をしているということだけわかった。

 裕生は一応頷いた。

 「な?」

 「そんなことはどうでもいいとして・・・」

 いつのまにかヤイバの後ろにあの化け物が立っていた。

化け物はその残っている巨大な腕でヤイバの顔を切り裂こうと振り上げた瞬間だった。

 「何なんだこいつは?」

 裕生は一瞬のことすぎて何が何だかわからなかった。

ヤイバは瞬時に刀を抜き、そのまま後ろを向かずに、高速で連続斬りを繰り出した。

しばらく間があき、その後化け物は破かれた紙のごとく不規則に体はバラバラになると風によって跡形もなく消え去ってしまった。

 「おお、さすがはヤイバの旦那。エア使いこなしているじゃん」

 「何にもならない褒め言葉はいらん。それより何なんだ、こいつは・・・悪魔じゃなさそうだが?」

 「多分魔界で創造された魔界兵だろうよ」

 「そんなところだろうな・・・奴等の考えそうなことだぜ。自分のことを創造主だとか考えていないだろうな、ったく・・・」

 「そういえば、あの子はどうした?ホラ、蒼電の・・・」

 「シオンのことか?あいつなら置いてきた。今から行く」

 「おい、ヤイバの旦那よ。女性は待たせるもんじゃないぜ、早く行ってこい」

 「お前に言われるまでもねーよ。それじゃな・・・」

 ヤイバは銀色の髪の毛をかくと、高く跳躍して飛んでいった。

 「サスガだ」

 男は感心しているような口調で言いながらヤイバを見送った。

裕生はそんなことに感心している場合ではない。

 「何だったんですか、あの化け物は・・・・・・」

 「ん?あぁ、そうか知らないんだっけ」

 「知りません」

 「俺、説明すンのは苦手なんだ。詳しいことはシオンの嬢ちゃんに聞いてくれィ俺は失敬する」

 「え、ちょっと・・・」

 「旦那は今危ない状況だ。くれぐれも気をつけろよ。今、シオン嬢ちゃんとヤイバの旦那がいないんで、旦那が襲われたら俺が駆けつけっから、大丈夫だ」

 「いや、そんなことじゃなくて・・・」

 「ちょっと時間がねえんだ、悪いな」

 「あと、一つ聞きたいことが・・・」

 「ん?」

 「あなたは?」

 「聖者サイフォスの使い、陽炎の小鷹<xルクって覚えてくれ」

 男はそれだけを言い残すと、体全体が透き通り、ふっと裕生の目の前から消えていった。





 「大丈夫?」

 裕生は長刀を鞘におさめて、綾香達が隠れている場所に向かった。

 「月島、どうしたの?」

 綾香は緒方の腕の上でぐったりとしている。

 「わからない。気付いたらこうなってた。気絶だけだと思う」

 確かに綾香は規則正しく息をしている。

唯の言うとおり気絶しているだけのようだ。

 緒方は立ち上がると、綾香の体を裕生にわたした。

 「家・・・月島さんと近いんだろ?」

 「うん」

 「なら、お前が頼む」

 「うん」

 裕生はあえて端的に返した。

 「それよりお前・・・」

 「ここで何があったのか教えてくれる?」

 緒方の声を裕生は遮る。

 緒方は不満そうに唸ると、数秒、間を開け口を開いた。

 「わかんねえ・・・公園のベンチで月島さんが座ってたから、唯が駆けつけるといつのまにか後ろにあの化け物がいたってだけだ」

 「・・・・・・そう」

 「そう、じゃねえだろ、裕生。お前からの説明は?わかっているんだろ、何なのか」

 裕生は眼をつむり、ゆっくりと首を横に振った。

 「悪いけど、話せない」

 「話せない?」

 緒方はむっとした顔で言った。

 「うん」

 「それはねえだろ。俺たちだって危険なめにあった。俺はもう少しであの化け物に殺されそうになったんだぞ?知る権利くらいあるんじゃねえのか?」

 「話せば、もっと危険な目に遭うかも知れない」

 裕生は冷静に言った。

 「ボクも、あいつらのことを全部知っているわけじゃない。でも、奴等と関われば無力な人間は何しようとすぐに殺されるって・・・こんなボクでもわかるんだよ。近づいちゃいけない、下手すると命までを奪われるって・・・そんな奴等が何の関わりのない人間が知ったらきっと緒方達を殺しに来ると思う。知らない方がいい。全部見なかったことにしてほしいんだ」

 「それは悪いが、無理だ」

 「?」

 「普通に考えろ、あんな現実離れした奴等に襲われて忘れられることなんてできないだろ?俺たちの頭はコンピューターじゃねえんだ。人間の頭なんだぜ?」

 「でも・・・」

 「でも何だ?お前は全部知っていなくてもある程度は知っているんだろ?あのマントの人や、小さい子供は人間じゃねえ。動きでわかる・・・。そいつらのこと知っているみたいだったし、頼む。少しくらいは説明できるだろ?」

 「ごめん・・・」

 「俺たち、友達じゃねえのか?そんなに信用できないのか?」

 「・・・そういうわけじゃ・・・」

 裕生はいきなりうつむいた。

 「流河・・・」

 唯が静かに言った。

それを聞いて裕生は顔を上げる。

 「確かに、私達は何の力もない。あの怪物にだってなんにもできなかった・・・だから危険だって、言いたいんでしょう?」

 唯は言ったが裕生は何も答えなかった。

 「もしかして私達が何の覚悟もないから、言えないってことなの?」

 裕生は答えない。

 「私達もそれくらいの覚悟はある。あの怪物は死んだけど、またあんなのが出てきて、いろんな人を襲うんでしょ?それでたくさんの人が死ぬ危険がある。それなのに、私達は怪物の存在を知っていて見て見ぬふりをするように黙っている方が死ぬより悔しいの。私達だって力はないけど、違う方面で力になることはできると思う。これでも覚悟ができないって言うの?」

 裕生達に思い沈黙が包み込んだ。

しばらくたってから、裕生は重たげに口を開く。

 「知りたいから、教えるわけにはいかないんだよ」

 緒方と唯は大きくため息をついた。

 「・・・・・・緒方、流河はそう言ってるけど」

 「俺たちは俺たちでなんとかする。それくらいならいいだろ?」

 裕生は頷かずにずっと黙っているままだった。