第十六章 覚悟

 裕生は自分のマンションの自分の部屋に綾香を寝かせた。

綾香の住んでいるアパートに寝かせようかとは思ったが、勝手に入るのは裕生の性格的にダメな気がした。

それにきっと鍵がかかっていると思うし、綾香の持っているバッグを許可無しに開けるのも図々しいと思う。

仕方がなく、自分の部屋に寝かしたわけだ。

 綾香は規則正しい呼吸をしている。

 「ふぅ・・・」

 裕生は綾香の顔を見ながらため息をついた。

 唯や緒方に真実を言わなかった自分に自己嫌悪を覚えた。

確かに本当のことを言って、変な行動を起こすと危険だと思う。

クラスメイトの宮下卓也が凍牙の刃<Mニー=ファントムに殺されたようにもう仲間が死ぬのを見たくなかった。

もう一人も人間が死ぬのを見たくない。

だから言えなかった。

仲間ではなくても他人でも同じだ。

全く知らない赤の他人が死ぬのを見るのも嫌だ。

そのためには自分が何とかしなくてはならない。

それに唯や緒方達を巻き込むことは良くないことと思う。

唯が言った覚悟がない・・・という言葉も裕生は少しあてはめた。

 裕生はカーテン越しに窓の外を見た。

もう夜になっている。

 兄の直樹は急な大学の発表会かどうかは知らないがそれで遅くなるからホテルに泊まると言って明日までは帰ってこない。

 母の由紀は相変わらず会社で忙しいので多分、寮にでも泊まる気だろう。

そんな母には裕生は慣れていた。

 裕生はもう一度寝ている綾香の顔を見ると綾香を起こさないように窓を静かに開けてベランダに出た。

裕生のマンションの住んでいる部屋は三階で、あまりよい風景は見えない。

しかし道路を歩いている人はおらず寂しい風景だということはわかった。

 裕生はまたため息をつくと空を見た。

珍しく、星がたくさん見えてきらきらして綺麗だった。

 (どうすればいいんだろう・・・)

 裕生は憂鬱な気持ちで思った。





 深夜、窓から月の光が射し込んでいる。

綾香は寝ている布団からゆっくりと顔を起こした。

 ふっと振り向くとベランダに夏服姿の裕生が立っていた。

 (裕生くん・・・?)

 彼女は窓に近づこうとすると、ぎくりと足を止めた。

それは裕生の後ろ姿がかなり哀しそうだったからだ。

ひやり、と胸のあたりが冷たくなる。

 何となく、近づいてはいけない気がした。

 その時、部屋を振り返った裕生が綾香の存在に気付いた。

その目はかなり思いつめた目だった。

 彼は穏やかで優しい微笑みを綾香に向けた。

彼女は安心して窓に近づいた。

 「目を覚ました?」

 ベランダに綾香が出ると裕生は言った。

 「はい、私どうしたのですか?」

 「気絶していたみたいだよ・・・」

 「そうですか・・・」

 「それより月島・・・」

 急に改まった声で裕生は言った。

 「あの怪物のことも・・・知っているんだよね?」

 綾香は虚を突かれたような顔になりうつむいた。

 「知っているんだ・・・月島が・・・何もかも、知っているし・・・月島に・・・」

 裕生はいきなり口をつぐんだ。

 「私は・・・」

 綾香がそこまで言うと、いきなり机の上にある裕生の携帯が鳴った。

最近のヒット曲の着メロだった。

 「ちょっとごめん」

 裕生は綾香を促すと急いでベランダから部屋に戻り携帯に出た。

 「はい・・・」

 ゆっくりとした口調で裕生は言った。

 『緒方だ』

 「緒方・・・関わらない方がいいって・・・」

 『あの児童公園で待っている』

 緒方はそれだけを言い、電話を切った。

 裕生はしばらく立ち止まると、綾香にちょっと行ってくる、とだけ言いマンションを出た。

夏にしては少し冷たい風が吹いている。

 裕生は公園にゆっくりとした足取りで入っていった。

ベンチの前に唯と緒方が改まった顔で立っていた。

 「悪いな、こんな時間に呼び出して」

 と緒方は言った。

 「やっぱり、気になってね」

 その後に唯が続いた。

 裕生は何の話かはわかっていた。

きっと昼間におこったあのことのことだろう。

しかし話はついたはずなのに話があるというのは何を言っているかはわからなかった。

 「俺、夜ちょっと考えたんだけどな」

 緒方が改まった声で言った。

 「確かに俺、他人の人間を自分の命をかけてまで助けられるような立派な人間じゃねえ、正直言うと大丈夫とは言えねえ」

 「・・・・・・それはボクにもわかるよ」

 裕生は別に驚かなかった。

裕生自身も他人のために命までを張る、ということまではできないかもしれないと思っている。

 「でもよ、お前は他人の人間を守るって決めているんだろ?」

 裕生は頷いた。

 「思ったんだけど、宮下のことも・・・奴等の仕業だろ?わかってるんだぜ」

 裕生はそれに対しては答えなかった。

 「ちょっと話逸れたけど、俺はお前のことを知っている。お前がいろんな人間を守るって決めた。そのためなら俺はお前のために行動おこすわけだし、命を張れる気がする・・・お前は俺の親友だしな・・・笑うなよ?」

 緒方は照れ隠しのように裕生にびしっと手をかざした。

 「続けて・・・」

 裕生は言った。

 「だから、そのまんまだよ。お前が人を助けるんだったら俺が助ける・・・それだけだ。あの時はちょっと攻めるみたいに言って悪いとも思っている・・・許してくれ。だから、協力させてくれよ、いいだろ?」

 緒方は裕生に握手を求めるように手を出した。

裕生は一瞬手を出しかけたが、慌ててとどまった。

 「でも、本当に危ないってことは知っているよね」

 「ここまで言わせておいてそれかよ・・・もう覚悟は決まってんだ」

 「そうだけど・・・」

 やはり、巻き込むのはよくないと裕生は思った。

 「ま、お前がどう言おうと俺たちは勝手に協力するぜ?」

 「え?」

 「覚悟は決めてんだ。断っても俺たちは勝手に調べて勝手に協力するって唯と相談したんだ、な?」

 緒方は唯の顔を見る。

唯は微笑んで頷いた。

 「私も覚悟は決めてるよ、流河?」

 唯は優しい微笑みを裕生に向ける。

 「流河は私の友達でしょう?それを助けるためには命を張って守りますよ」

 唯は胸を張るように自信満々に言った。

 「・・・・・・ありがとう」

 裕生は胸が熱くなった。

二人が自分のことをここまで思っているということに・・・。

 涙は出さなかったが、本当は裕生は涙が出るほどうれしかった。

 「俺たちが言いたいのはそんなところだ・・・」

 「ここまで来て断る気?」

 二人はほぼ同時に言うように言った。

 「・・・わかった」

 裕生は静かに言った。

 「おお、よくわかる奴だなあ・・・物わかりのいい奴だな、やっぱり裕生だ」

 「これが流河らしいっちゃあ流河らしいんだけどね」

 緒方が差し出した手の上に唯、裕生と手を重ねた。

 その後、緒方が口を開いた。

 「それじゃあ、話して貰おうか・・・最初っからな」

 裕生は少し戸惑ったが、頷いた。





 裕生はマンションに戻ると既に綾香の姿はなかった。

多分もう自分のアパートに帰ったのだろう。

 裕生はふと机の上にある紙を見た。

それは丁寧な字で書かれている。

この字の主は綾香だった。

それにはこう書かれている。

 『ここで休ませていただき、ありがとうございました。私は自分のアパートに戻ります。流河さんは私のことを心配しないで下さい。一人でも大丈夫です。だからそんなに問いつめることはしないで下さい。 月島綾香』

 とだけだった。

 それを見終わった瞬間裕生は大きく息をはいた。

 (心配しないでって・・・)

 思うといきなりインターホンが鳴った。

 (・・・誰?)

 裕生は朝の太陽の光を部屋にまくべくカーテンを開けると玄関の方に向かった。

 裕生が誰か言う前に、向こうが言ってきた。

 「シオンです」

 「・・・あ」

 裕生は急いで鍵を開けるとそこには小柄な少女、シオンが立っていた。

こう見れば普通の女の子だが、魔族を討滅するための一族、聖者サイフォスだ。

裕生に蔵されている神器・レジストを魔族に奪われないように最近、裕生の護衛をしている。

二本の大剣・“紅蓮”と“紫電”を巧みに操り、今まで戦ってきた。

 「しばらくあけてしまって、すみません」

 シオンは頭を下げる。

その時、青の混じったサラサラな髪の毛がふわっと揺れた。

 「いや、別にいいよ」

 「ヤイバさんに聞いたのですが・・・大丈夫ですか?」

 「大丈夫だよ。怪我ないし・・・」

 裕生はシオンを玄関に通した。

 そのまま案内するように自分の部屋にシオンが来るのを確認すると、裕生は口を開いた。

 「ちょっと聞いて言い?あ、適当に座って」

 「はい?」

 シオンは部屋の床に座りながら言った。

 「あの、化け物何・・・?ヤイバさんやベルクっていう人が悪魔じゃなさそうだって言ってたけど・・・」

 シオンはちらりと、フィオが身を預けているブレスレットを見た。

 「いいわよ、話しても」

 フィオは吐き捨てるように言った。

 「あの生き物は、確かに悪魔ではありません」

 裕生が頷くのを確認するとシオンは続ける。

 「あの生き物は魔界で作られた魔界兵という種族に属するもので、今、私達の腕をうならせるような高等な悪魔はこの世界に出てこられない状況だと言いましたよね?」

 「言ってた」

 「だから大した魔力もないかわりにこっちの環境に適合した肉体を持つ生き物を生み出したわけです」

 「つまり、悪魔をそのまま送り出すより、その悪魔でもない化け物をこっちにそのまま送り出した方が手っ取り早いってこと?」

 「そうです。わざわざ悪魔に合った“器”を探すのも向こうも面倒くさいでしょうし、このような手段に出たのでしょう」

 「・・・・・・でも、ちょっと違う疑問が」

 「違う疑問?」

 「それが奴等に命令されて来ているんだったら、何で月島達を襲ったの?」

 「・・・それはわかりません。可能性があるといえばあの三人の中にレジストが蔵されているか」

 「レジストを?」

 「あくまで推測ですけど」

 「調べることは出来る?」

 「何とか出来ます・・・」

 「・・・そう」

 「それより、襲われた三人の方は、どうなされたのですか?」

 「へ?」

 自分でも情けない声が出てしまったことがわかった。

唯と緒方に本当のことを言ったとは言えなかった。

 「い、いやちょっとね・・・」

 誤魔化すように言うとシオンは首を傾げた。

 その時、またインターホンが鳴った。

 それとともにある声が聞こえた。

 「裕生ー!開けろてめぇコラ」

 この声はクラスメイトであり友人であり本当のことを話してしまった人である緒方智也の声だった。

 (こんなときに来なくても)

 裕生は出ることをとどまったが、シオンが疑問そうに口を開いた。

 「出なくていいのですか?」

 「で、出るよ・・・」

 裕生は慌てて言って玄関の方に向かった。

もう鍵は開いているままだったのでそのまま「入って」とだけ言った。

 大きな音を出してドアが開くと知っている顔ぶれが立っていた。

立っているのは、緒方智也と灰原唯。

 「おっす裕生」

 「ちょっと挨拶くらいしておこうと思ってね」

 二人が続けるように言った。

 「挨拶?誰に・・・」

 「お前、そんなの決まってるだろ」

 裕生の顔が少しむすっとなった。

 「川島さんだ。シオンっつったっけ?」

 「げっ!?」

 「げ?」

 「何でもないよ・・・上がって」

 その声を聞くと緒方は大きな声で「おじゃましまーす」と言うと入っていった。

 裕生がため息をつくと、唯が裕生の顔を見て微笑みながら言った。

 「私達を信じてくれてありがとね」

 「いや、こっちこそ・・・上がって」

 唯は緒方の後を追うように玄関を上がった。

 (シオンに何て言われるか・・・)





 「何だ、この俺に用事って?」

 光という光は松明の光だけという暗いリギラの部屋でドスのきいた声が響いた。

 「私達に用ってことは相当なことなんですよね?」

 続くように高く、鋭い女性の声がした。

 「・・・・・・相当・・・それ以上だな」

 「だから何だ?じれったく言わないで早く言えよ!」

 更にドスのきいた声が“真紅爪炎”リギラに向けられる。

リギラはエメラルドグリーンの髪をなびかせながらゆっくりと立ち上がった。

 「お前達に爪破裂界≠フレジストを奪いに行ってもらいたい・・・」

 リギラが二人の男と女の魔人に告げると、二人は顔を合わせたが、男は妙な顔つきをしたが、女は笑った。

 「ああ・・・例のね・・・でも俺は群れて戦うのは性に合わないんだよォ・・・」

 男が不満げに言った。

松明の光に少し照らされた男の顔は美男子といえば美男子なのだが爽やか、というよりもすごみのきいた顔という印象を受ける。

いかにも気の強そうな顔のつくりで、髪の色は濃紺という色だった。

目は少し瞳孔が開き気味で、瞳の色はライトブルーというものだ。

 「私が決めたことではない・・・蒼天雷神≠フ言いつけだ。一匹狼のお前にしては迷惑だったな。でも悪い話ではないだろう?」

 「そりゃあそうだろ?多少は仕方ねぇ・・・興味はあったぜ?」

 「一刀新鋭<Aイクが興味を持つなんて珍しいな・・・」

 「ギニーが刺客に送るって話はどうなったんだよォ・・・?」

 「あいつはそのつもりだったのだがいきなり拒否した・・・自分から言い出しておいて・・・」

 リギラは目をつむり、大きくため息をついた。

 「どうでもいいや・・・久しぶりに楽しめそうだぜ・・・」

 アイクと呼ばれた男は口だけ笑いながら言った。

 リギラは少し微笑み、女の魔人の方を見る。

 「幽玄揚羽(ユウゲンアゲハ)<tァラはどうだ?」

 ファラと呼ばれた女の魔人は小さく微笑みを見せる。

 「そですわね・・・久しぶりに興味がわいてきたわ・・・」

 「何を浮いてるんだ、ファラ!油断するな!」

 リギラはファラを睨み付け、一喝するように言った。

しかしファラは怖がるどころか逆に顔に笑みを浮かべた。

 「大丈夫ですわよ、リギラさん?私達が聖者と人間に負けるとでも思っているのですって?」

 「そういうことを言っているのではなくて、誰にでも油断をするなと言っている」

 「そうですか、ごめんなさい」

 ファラは言葉とは裏腹に気味の悪い笑い声をあげた。

アイクはファラが笑っている顔を見て少し笑みをこぼすと、リギラの顔を見る。

 「しかしよぉ〜リギラ」

 「何だ?」

 「相手はあの蒼電<Vオンって聞いたが?」

 「蒼電≠セけではない。紅牙≠烽「る」

 「ほ〜・・・フィオもいるのか・・・そいつあ驚きだ」

 アイクはドスの聞いた声にふざけたような声をまぜた。

 「紅牙≠フ力を侮ってはならんぞ。もちろん、爪破裂界≠烽セ・・・下手をすれば足下をすくわれるぞ」

 「心配しなくても、この神器・“ブルートキャリバー”で仕留めるまでよ!」

 アイクは背中にかけている鞘から身の丈ほどもある大剣を抜くとリギラに見せるように上に上げた。

それからは青黒いもやのようなものが出ている。

 「そうですよ、アイクの実力と神器を駆使すれば聖者なんてハエのようなもの・・・軽く仕留めることができますわ」

 「関係ない。どんな敵でも油断をせずに戦え」

 アイクは大剣を鞘に大きな音を立てて戻した。

 「大丈夫だぜ?レジストだけじゃねえ・・・聖者の首もおまけにとってきてやらァ・・・」

 「・・・・・・とにかく本気でいけ・・・お前のおふざけという悪い癖は出すなよ」

 「それはどうかな・・・俺は俺のやり方でなんとかする・・・あまり口出すんじゃねえぞ」

 アイクはリギラを威嚇するように強く睨み付けた。

しかしリギラは眉のひとつも動かさず、その後鼻で笑った。

 「相変わらずだな・・・お前のやり方でいい・・・絶対にレジストを奪ってこい。いいな?」

 「いいぜェ・・・お望み通りやってやる!」