第二章 | 謎の少女 |
都立南部高校は、南部市のわずか外れたところに位置している。
裕生の通うこの南部高校は特に特徴もなく特別学力があるわけでもないごく一般的な高校である。
別に締め付けが厳しいわけでもなく、荒れているというわけでもない。
勉強をする生徒はし、しない生徒はしない、と放置状態にしているといってもいい具合だ。
この高校の生徒の大半はすぐ近くにある南部中学校から来ている。
もっとも成績の良い私立にいくものや、南部高校よりも偏差値の低い高校へ行くものもいる。
それ以外の生徒達は皆が行っているという曖昧な理由で南部高校へ進学している。
もちろんのこといざ、高校へ進学しても周りは知っている顔ぶればかりでこれといった実感はないという感じだった。
その南部中学校の一年A組の教室では朝のホームルーム前なのでざわついている。
その中、教室の後ろの隅の方の机で二人の女子生徒が何か話しをしている。
「でさぁ、綾香・・・」
「何ですか」
話しかけられたこの長いストレートの髪の少女は月島 綾香。
ぱっと見、可愛い整った顔立ちはしているのだが、それほど印象に残るようでもなかった。
「あんたさあ・・・」
と言った女子はバスケ部の部長である灰原 唯。
本人も気にしているようだが現在の歳である十六歳に見られたことがない。
凛々しい顔つきをしており、男子よりも女子に人気がある。
「どうしたのですか」
と綾香が言った。
唯は少し間をあけてわざとつくったような真剣は顔をして言う。
「何で敬語なわけ?」
「え・・・?」
綾香の顔が硬直した。
唯はそれを見てそっとため息をつく。
「同級生なんだしさ、わざわざ敬語使わなくてもいいと思うんだけど?」
「いえ、別に・・・」
綾香は黙り込んでしまった。
綾香と唯の関係は高校に入ってから、少し親しい仲だ。
友達といえば友達の関係かも知れないが、綾香は人見知りの性格があり、こっちにあまり心を開いてくれなかった。
自分のことを信用されていないか、と不安に思ったこともあったくらいだ。
何より綾香は誰にでも小さな声でしかも敬語で喋る癖がある。
唯は高校に入学し、いつも一人でいる綾香が気になっていた。
ほかの友達からは根拠もなく「近づくな」だとか「暗いからやめときなよ」とか言われた。
しかし唯はその発言を無視し、綾香に話しかけるとある程度は普通に話は出来た。
正直なところ唯から見て綾香の第一印象は暗そうで無口な女の子、というものだった。
しかし、印象からは違い、話をしていると意外に少し明るい印象を受けた。
顔も影があるような可愛らしい顔もしていた。
しかし、どこか人を避けるような行動をよくおこす。
それは何故か聞いたが、綾香は何も答えず、黙ったままだった。
唯は何か知られたくないことでもあるのだろうと思い、それっきりは言わなかった。
しかし綾香はクラスメイトの流河裕生の名前が出ると少し顔色を変える。
当の本人、裕生に聞くと小さい頃からの幼なじみのようだ。
幼なじみだから、と唯は思った。
しかしよく考えると、綾香は何をするにも裕生がいるか確認していた。
いたら「行きます」と即答するが、いなければ逆に黙り込んでしまった。
何だかよくわからないがあの綾香のことだ、と思いそれには一切聞かなかった。
どうせ何も言ってくれないとは思うから。
「別にさァ・・・私には敬語使わなくてもいいんだよ?」
「あ、あの・・・え・・・っと・・・」
また唯はため息をつく。
何でそこで悩むのか、と思った。
「だから、敬語はね―」
と唯が言いかけるとそこに太めの男子が話しに入ってきた。
「どうした?何の話?」
「なんだ、緒方か・・・」
唯がかなり冷めた声で言った相手は唯の友達であり、裕生の親友である緒方だった。
小太りな彼は「デブ」というより「大らか」という言葉を尊重している。
「そういや流河は?まだ来ていないようだけど」
「ん?あぁあいつか・・・何か今日遅いな、いつも早いのに・・・」
緒方はそう言うと時計を見るホームルーム開始まで十分なかった。
「何かあったのかな・・・」
綾香がぽつりと呟く。
それを見た緒方は綾香に向かって笑って答える。
「だぁーい丈夫だよ、月島さん、あいつは時間を守る男だから!ま、ちょっと抜けてるけどよ!」
「誰が抜けてるって?」
「うわっ?」
気付いたら緒方の後ろに片手に鞄を持った少年、流河 裕生(ヒロオ)が立っていた。
裕生は綾香の隣の席に座って鞄を机の上に置く。
「何だ、いたのか裕生?」
「まぁね」
「どうした?何か今日いちだんと遅いじゃないか?何かあったのか?」
「別に何もないって」
裕生は即答で返す。
あの出来事は話しても信じてくれないだろうし、話す意味もない。そう考え言わなかった。
「そういや流河さ」
唯が言った。
「何」
「今日転校生来るんだって!」
「転校生?」
鞄の中から教科書を出している裕生が少し興味のありそうな声で言った。
「どんな人?」
「わかんない。女子だって噂」
「ふーん、女子・・・」
「どんな人かは知らないんだけどね」
言うと次は緒方が口を開く。
「転校生ね、それなら俺見たぜ?」
「え?見たの、緒方?」
唯が身を乗り出して少し大きな声で言う。
「おうっ、職員室に入っているところをね、見かけない顔だから多分・・・」
「どんな人だった?」
「う〜ん・・・何というか、大人しめの子でさぁ、礼儀正しそうな可愛い子だったぜ」
「へぇ・・・礼儀正しいね・・・」
裕生は鞄を机の横に掛けて言った。
緒方はニヤリと笑い裕生に向かって言う。
「ん?どうした、裕生君よ!興味あるのか?」
裕生はそれにすぐ反応し、少し頬を赤くして言う。
「そ、そんなんじゃないよ!誤解を招く言い方するなって」
「ふ〜ん・・・」
「そんな目で見るなよ、緒方!」
「ま、いいんだけど?」
緒方が腕をわざとらしく組んで言った。
綾香は顔を下に向け、少しすねた顔をしている。
すると、教室のスピーカーからいつものチャイムの音が鳴り、それと同時に教室のドアがガラッと開いた。
それを見た生徒達は急いで自分の席についた。
中に入ってきたのは、裕生達の担任である、技術の教師でもあり、緒方が入部しているテニス部の顧問でもある矢部久司だった。
いつも通りのウインドブレーカーを着て、教卓のところまで来ると、一声をあげる。
「えーと、それではね、突然なんですが今日から新しい友達・・・いや転校生がうちのクラスに来ます」
と矢部が言うと生徒達は少しざわつき始めた。
「言うだけでもなんだ、入ってきなさい」
言うとまた教室のドアがゆっくりと開いて、人が入ってきた。
(ん?)
裕生は何となく見ていたが、椅子が音を立てるくらい早く姿勢をすぐに直した。
その人をどこかで見たことがあるからだ。
青のかかったサラサラの長い髪。
少し童顔が残っている可愛らしい顔。
ひときわ目立つ青い瞳と白い肌。
そして小柄な体・・・この少女は・・・
あのよくわからない出来事がおこったときに出逢った少女だった。
裕生は一瞬我が目を疑った。
この少女が存在している、ということ自体に。
あれは夢ではなかったのか?
その少女が教卓の近くまでくると、矢部が口を開く。
「この子が新しいこのクラスの生徒となる・・・あ、自分で自己紹介して」
と矢部が少女に譲る。
少女は静かに、ゆっくりと口を開く。
「転校生の川島 志織ですよろしくお願い致します」
と簡潔な自己紹介を終えると、生徒全員に向かって深々とおじぎをする。
何となく、教室の周囲からは拍手があがった。
「そういうわけで、このクラスの一員となる、川島 志織さんだ。みんなこの子がわからないことがあったら教えるように!」
「お願いします」
また川島 志織と名乗った少女は深々とおじぎをした。
わからないことがあったら教える、そんなことどうでもよかった。
聞きたいのは何故この少女がここにいるのか
何故自分の前に姿を現すのか
あれは・・・現実だったのか・・・
(・・・何がなんだか・・・わからない・・・)
裕生は心の底で呟いた。