第五章 日常

 凍牙の刃*plギニー=ファントムが消えてからは世界は今もなお、普通に動いている。

 よくわからないが、ただ奴等魔族が自分を狙っているのは確かな物だった。

 未だ腑に落ちない。

 未だ現実と認めたくない。

 幻想的な夢からさめた後の気分がずっと続いている感じだった。

 (この世界ってどうなってんだ・・・)

 学校からの下校中、隣で一緒に帰っている少女、シオンを見てふと思う。

 (魔族に、ボクが狙われている・・・)

 深く考えれば考えるほど頭が変になりそうだった。

命の危機なのだ。

普通、どんな人間だってかなりの危機感は覚える。

 (いつ、襲ってくるか解らない)

 という恐怖もあり、毎日が普通に過ごせないかも知れないという感情に襲われる。

 (でも・・・)

 また隣に歩いている少女を見る。

 (シオンがいれば大丈夫、かな?)

 視野を広くして見ればシオンは立派なボディーガードということになる。

 「どうしたのですか?」

 「うわっ!?」

 下を向いて考えているとシオンが首を傾げて自分の顔を覗き込んできた。

 「大丈夫ですよ。魔人は、しばらく襲ってきません」

 「何でわかるんだよ」

 「レジストが世界に散らばっている今、このままこの世界に魔族が来ても思うように魔力は使えません。そのためにあるのが呪縛陣なんです。呪縛陣っていうのはそんな容易に出せる物ではありませんから、今日、呪縛陣を使ってしまいましたのでしばらくは大丈夫でしょう。呪縛陣なしでこのまま出てくることは考えられませんね」

 「このまま魔族が襲ってきても、シオンさんの敵ではないってこと?」

 「そうです。サイフォスが世界に散乱している今、呪縛陣なしで姿を現すのは自殺行為に近いですね。私達の力は魔族のように負の感情集めて使うものではありませんから」

 「レジストがこの世界に散らばってもシオンの力にはなんら影響ないんだ?」

 「そうです。対魔族のために過去の伝説の聖者によってつくられた神器ですから」

 「レジストがあるからシオンの力が強くなるってコトはないのか?」

 「ありませんね。負の感情を吸い取るものですから」

 「へぇ・・・」

 何となく空を見る。

綺麗な夕日だった。

 「・・・実際、魔界ってどんなところなの?」

 「魔界・・・ですか、難しいですね・・・」

 シオンは少し考え込むと、ブレスレットの少女、フィオが変わりに答える。

 「暗闇の腐った精神構造のもつ生き物共が生活するイカれたところとでも言っておくわ」

 「・・・質問に答えてない」

 「何か言った?」

 「何でもありません」

 フィオは声だけで圧倒的威圧感を出すので、裕生はタジタジ・・・。

 「結局、奴等は何が目的なのさ?」

 「人間界侵略です」

 「はぁ?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。

 「昔から、魔族達は人間界を我が物としようとしてましたが、今まで聖者にやられ続けてしまいました」

 「そして今回、封じられた魔界と人間界の境界が弱まったのをきに、慎重にレジスト破壊を狙ってるの」

 「今までも、あったんだ・・・」

 「魔族達の失敗はすべて聖者の巧みな戦略ばっかりだったの実力は平均して魔族が上だけど知識は力に勝つのか知らないけど、それだけでやられっぱなし・・・」

 「もう前のような失敗は繰り返さないようにまず大昔からある邪魔なレジストを回収あるいは破壊という戦略をとってます。ついにやり方が変わりましたね」

 「そうね、猿に知性が加わったみたいにね」

 フィオがごもっともな発言をもらした。

 「まあ、どうでもいいけどシオンが学校に来たのはボクを護るためでしょ?」

 「そうです」

 「あまりいつも近くにいるのやめてくれない?」

 「何でですか?」

 シオンは首を傾げる。

 「いや、その、誤解っていうか・・・その・・・」

 裕生はうまく説明できない。

その光景を見てフィオは言う。

 「だめよ。何のためにいるのかわからないじゃない」

 「そうだけど・・・」

 「近くにいなければ護れない。じゃあ何?死にたいの、魔族にあんた勝つ自信あるわけ?」

 「・・・いや、そういうわけではない、けど・・・だから、その・・・」

 「おまえがどう言おうと私達は役目という試練がある。お前の都合にあわせてらんない」

 「まあ、大丈夫ですよ。二十四時間共にいるわけではありませんから」

 「いや、だから学校では・・・」

 「何?公共の場である施設で一緒にいちゃいけないわけ?」

 「そういうこと言ってる訳じゃないんだけど・・・」

 「じゃあ何を気にする必要があるわけ?」

 「・・・いや、もういいです」

 裕生は何か面倒になったのでこの話は打ち切った。





 月島 綾香は一人で歩いていた。

 片手に小柄な体とはアンバランスな大きめの鞄が握られている。

鞄には小さい可愛いキャラクターのキーホルダーが掛けられていた。

 (裕生くん・・・)

 心の中で、自らの幼なじみの名前を言ってみる。

帰るとき、裕生と転校生、川島 志織とかいう女子生徒が一緒に仲が良さそうに帰っているのを目撃してしまった。

その光景を思い出すと胸が痛んでしまう。

 (裕生くん・・・)

 もう一度心の中で言ってみた。

幼なじみであり、好きな人物である裕生は自分のことをただの幼なじみとしか思っていないのではないか、と思ってしまう。

全く使われていない薄汚い児童公園の近くに来て、公園の時計を見てみる。

すでに六時を回っていた。しかし、夏なのでまた明るい。

 時計から目をそらすと、昔からの知り合いに出逢った。

いや、出逢ったと言うよりひかれそうになった。

相手はバイクに乗っていた。

公園のすぐ横にある狭い路地からいきなり現れて綾香の前で急停止した。

バイクのタイヤとコンクリートが混じり合う音が響いた。

 「あっぶねぇ〜・・・ってもしかして綾香?」

 その男は派手というより悪趣味なオレンジのペイズリー柄のシャツを着ている。

短い金髪で黄色いレンズのサングラスをかけている、おそらく二十歳前後だろう。

 古い時代の不良のような格好をしていた。

 「こんにちわ」

 綾香は男に軽く頭を下げる。

 この男は幼なじみ流河 裕生の兄、流河 直樹である。

 昔の綾香にとっては「近所のお兄さん」だが、世間的に見れば立派な不良少年だった。

とんでもない犯罪を毎日犯しているとか、しょっちゅう警察に補導されているとかよくない噂ばかり近所に流れていた。

 綾香は直樹のバイクをしげしげと見る。

かなり改造が施されていた。

 「綾香よ、大丈夫だ。改造はしているが犯罪じゃねえ、多分な」

 直樹は真面目腐った顔で言う。

綾香はとまどいながらもうなずく。

 「しかしよ久しぶりだな〜変わった・・・ことねえか、ははははは

 直樹はためらいもなく彼女の頭をグリグリと撫でたが、綾香はいやがる顔を見せない。

少しくすぐったそうに微笑んでいる。

 直樹は昔から近所に住んでいる綾香のことを可愛がっていた。

無口で恥ずかしがり屋だったが、真面目な性格だった。

直樹の外見にも怯えず、普通に話ができる唯一直樹の存在を認めてくれる貴重な存在だった。

 「そういえば俺の可愛い弟はどこだ?家に帰ったか?」

 綾香はまたあの裕生と転校生が一緒に帰っている光景を思い出してしまった。

 「・・・もう帰っていると思う」

 「そうか、なんだ一緒に帰らなかったのか?」

 「・・・はい」

 「まあいいや、でも一人暮らしだと何かと不便だろ?いつでも俺の家、来てもいいんだぞ。俺は苦手だけど、裕生の奴は料理得意だからな、あいつの料理は大丈夫だろ?」

 綾香はコクンと頷く。

 綾香は両親が中学生の時に一緒に交通事故で亡くなってしまった。

親戚の家が引き取るという話も出たのだが綾香はそれを拒絶した。

今は親戚の援助を受けながら一人で暮らしている。

 親戚の家に行かなかったのは、遠すぎて、両親を亡くした今、唯一の心の支えである裕生と離ればなれになるのが嫌だったからだ。

 「じゃあ俺ァ行くわ。どうだ?バイク乗っていかねえか?」

 綾香は申し訳なさそうに首を振る。

 「あぁ、そうかお前は速い乗り物嫌いな奴だったな」

 綾香は頷く。

 「綾香よ、いつでもこの流河 直樹が相談に乗るからよ。何かあったらすぐ飛んでくる。それだけは忘れんな」

 また綾香は頷く。

 「じゃあな、綾香」

 直樹のバイクはまた走り出した。

 綾香はそれに向かって軽く頭を下げた。





 「おい、裕生よ」

 また同じく裕生の兄、直樹はバイクから降りて肩をポンッと叩く。

 「あれっ?兄さん?」

 「しばらくだな、裕生よ、こっちは誰だ?」

 「こっちは−」

 「川島 志織です」

 裕生の声を遮るようにシオンが変わりに言い、軽く頭を下げる。

 「そうか、そうか、裕生の彼女か?」

 「そんなんじゃないよ、勝手な妄想言わないで」

 「何だ、違うのか」

 「そういえば兄さん今何しているの?」

 直樹は裕生の知らないうちに家を出てしまっていた。

母には大学に言っていると聞いているが、元不良の直樹が入れるのか、といつも疑問に思っていた。

 「大学だよ。だいがく」

 「ええっ、本当に行ってたの?」

 「何だ、そんなに珍しいか?見てみろ」

 彼はポケットの中から一枚のカードを取り出した。

差し出された物は裕生には考えられないものだった。



 『城東大学・二年 流河 直樹』



 「偽造学生証?」

 「ちげェーよバカ!ちゃんと俺の顔写真入ってるだろ?」

 「あ・・・」

 確かに偽造の物ではなかった。

裕生はあり得ない物を見る感じで硬直する。

 城東大学といえば全国的に見ても有名な私立名門校だった。

 「本当だったんだ・・・」

 「な、だろ?」

 直樹は学生証を裕生から受け取ると、ポケットにしまった。

 「昔はバカだったからなぁ〜途中で改正しただろ?だから入学できたんだよここに」

 直樹は中学生の頃はかなりひどくて毎日ケンカばっかりだった。

世間的に見れば立派な不良でケンカはかなり強く、数々の伝説をつくりだしたという妙なことまで言われている。

 そんな兄が何故か高校生になってからいきなりまじめに勉強をし始め、ケンカも一切合切しなくなった。

 妙に人なつっこいところがあり、敬語の使い方を全く知らないところは直ってはいなかったが・・・。

 「まあ、とりあえず帰るか?どうよえーと・・・」

 「川島 志織です」

 シオンがまた仮の名前を言った。

 「裕生と仲いいんだろ?家こねぇか?」

 「いえ、今日は用事があるので」

 「そうか?まあいいや」

 裕生は彼女が一体何処で寝泊まりしているのか疑問に思ったが直樹の前なので言わなかった。

 「それでは、私はこっちなので」

 「おう、じゃあな裕生の彼女よ」

 「だから、彼女じゃないって!」

 「細けェことはいいだろ?お前も挨拶せい!」

 「・・・はいはい、また明日」

 「はい、さようなら」

 シオンは裕生と直樹に頭を下げると、狭い路地に消えていった。

 (そういえば忘れてた、いきなり悪魔が襲ってきたらどうしよう・・・)

 今頃気付いた。