第六章 計画

 流河家はグラン・リーオというマンションの最上階に位置している。

その向かいのスウィート・ドリームスという悪趣味な名前をしたアパートが綾香の住んでいるところだ。

 「裕生よ」

 「何だよ」

 裕生はジャガイモを向いていた包丁を止めて、兄、直樹の方を見る。

ほかに、ニンジン、玉ねぎ、鶏肉、とどめにはカレーのルーが置かれている。

流河家の今夜の料理はカレーだった。

 流河家の母親、由紀はいつも残業で夜遅くに帰ってくることが遅く、夕飯は殆ど裕生が作っている。

 「お前さ、綾香と仲悪くなったか?」

 「へ?」

 「あいつ、一人で寂しく帰っていたぞ」

 「そうなの?」

 「そうなのじゃねえだろ?自らの幼なじみを忘れてたのか?」

 「いや、そういうわけじゃ・・・」

 「中学生のときはいっつも仲良く二人で帰っていたじゃねえのか?」

 「そうだね」

 「仲悪くはなってねえのか?」

 「月島と?別に、そんなわけじゃないけど・・・」

 「そうか?それならいいんだが」

 裕生は鍋に火をつけて、サラダ油を入れた。

 「お前がそう言うならいいんだが・・・あの・・・なんつったっけ?かしわ?」

 「川島」

 「その川島って奴とはマジどんな関係なんだ?」

 「いや、別に・・・」

 (命を助けて貰った関係なんですけど・・・)

 「そんなんじゃないって」

 「でも綾香のこと忘れて帰るくらいだからなぁ〜・・・」

 直樹は目を細め、少し不気味な笑いを浮かべて裕生を凝視している。

裕生は急いで目をそらして料理に戻る。

薄切りにした玉ねぎを鍋に入れて木ベラで炒めた。

 少し、沈黙が続く。

 「それでよ・・・ものは相談なんだけど裕生」

 直樹がえらく改まった声で言う。

 「次は何?」

 「綾香を家にすませねえか?」

 「・・・・・・・・・・は?」

 裕生は持っていた木ベラを落としそうになった。

急いで直樹の顔を見るが、どうやら冗談ではないらしい。

 「い、いきなり何を言い出すんだよ!?」

 「いやあよ、あいつ何かしばらく見ねえうちに何か背中が寂しそうに見えたし、顔もよ・・・」

 「寂しく見えたって?何でそんなのわかるんだよ」

 「結構長年の付き合いだからな。お前もわからねえのか?」

 「わからない」

 「そうか、じゃあ話戻すけど綾香の奴、向かいのアパートで一人暮らしだろ?」

 「そうだね」

 「一人じゃ心細くねえのか?お袋もあいつのこと妹のように好いてるし大丈夫だとは思うがな・・・」

 「か、母さんはよくても月島次第だろ?」

 「まあな、でも女一人で住んでいたらよ何か怪しい奴とか来るだろ?変態チックな野郎とかな」

 「まあ来るかもね。変態は来なくても」

 「あいつって結構しっかりしてっけど、恐がりでそれにまだ十五だろ?一人で心細くねぇか?」

 「・・・月島はそんなことがあっても言わないしな・・・」

 「それでよ、ここに住ませたら綾香の大事な男、裕生がいるから安心って感じよ!わけわかるか?」

 「わけわかんない」

 「前、俺が使っていた和室あんだろ?あそこを綾香の部屋にしてだな・・・」

 「何勝手に話し進めてんの?月島は親戚が引き取るって話も断ったんだよ?」

 「そりゃぁあいつの親戚は遠くにいるからだよ。お前と離れたくなかったんだろ、綾香は」

 「・・・そうなの?」

 「そうなんだよ」

 裕生はニンジンとジャガイモを鍋に新しく加える。

よく考えれば兄の言うことも一理あるかもしれない。

綾香が一人で住んでいるとわかれば何かと変なことも起こりうる可能性もある。

そのためにはここに住ませる方が安全と思う。

しかし、まだ綾香も高校生だから一緒に住むのはまずいとも思う。

あのデリケートな綾香が首を縦に振るというとも思えない。

 「とりあえず、綾香にそう言え。提案者は俺、仲介者はお袋、説得はお前と・・・」

 こんなの冗談じゃない、と思い裕生はコンロに火を消して大きめの声で言う。

 「ちょっ・・・ボク一番大変な役じゃん!」

 「みたいだな」

 「何普通に流しているの!?兄さんが説得しろよ、提案者なんだから・・・」

 「だからお前の方がいいんだよ」

 「何で」

 「あいつはお前に一番なついているからだよ」

 「はあ?」

 裕生にとってはあり得ないような言葉だった。

確かに幼なじみだし、長い付き合いだ。

しかし、ほとんど無口で無表情な彼女と裕生は会話もちゃんと成立していない。

端から見てどう考えても『一番なついている』とはどう考えても思えなかった。

 「お前何にもわかってねえみたいだな、あいつ何かするときはお前がいるかどうかで決めてたんだろ?思い出してみろよ」

 「・・・あ」

 確かに言われてみればそうだった。

何かするときはいつも綾香がくっついてきた記憶がある。

 「ホラ、あんときお前以外の掃除係か忘れたけどお前以外全員休んでいて一人でプール掃除するハメになっただろ」

 「なったねあれは酷かった」

 「だろ?そんであのとき、綾香が来て手伝ってくれただろ?あんときお前の名前だして俺が説得したんだからな」

 「あれ兄さんだったの?月島には用事があるから先に帰っててって言ってたのに、いきなり月島が現れたからおかしいと思ってたんだよ!」

 「何だ?そんなに不快か」

 「そういうわけじゃないけど」

 「おかげでプール掃除早く済んだだろ。少しは俺に感謝しろ貴様」

 「何いばってんの?」

 「まあそれはいいから、あいつにはお前が一番効果あんだよ頑張れ弟よ」

 「いや、でも、色々あるから」

 「何が色々?」

 「・・・いや、もう何でもいいや」

 裕生は少しため息をつく。

 (何〜か言いにくいな、月島には・・・)

 またため息をついてコンロの火をつける。





 この世界では、川島 志織と名乗るが、裏の顔は魔族討滅のための神の使徒、聖者サイフォスだ。

名前は蒼電<Vオン。

 シオンはもうすでに闇に染まった南部市の目立たない細い路地に立ちすくんでいた。

 「・・・これは」

 シオンがそういうと、左腕にかけているブレスレットの中から声がでてくる。

彼女の名前は紅牙<tィオ。シオンと同じ優秀なサイフォスだ。

 「魔族の奴、かなり高等な幻魔法使うわね・・・」

 「そうですね。魔界と人間界で何処が境界が弱まったか調べると、こういう結果とは・・・」

 「まさか、次元を広げるとは思っていなかったわね」

 魔族は魔界と人間界の次元の壁がどこが弱まっているか隠すため、幻魔法を使い、次元を広げ、どこの境界が弱まっているか誤魔化している。

これでは境界を探すことはかなり難しい。

 「これじゃあ聖者の幻魔法の達人幻魔の若虎<rィンでも難しいわね・・・」

 「これは砂漠の中で糸くずを探すくらい難しいですね・・・」

 シオンとフィオが考え込んでいると、暗闇の狭い路地から人影が近づいてきた。

 「・・・風刃の双牙<сCバ・・・」

 フィオが警戒しているように呟いた。

 「やっぱり魔族は高等な幻魔法を使っているようだな」

 ヤイバと呼ばれたこの男は長めの銀髪をしていて、目の色は左右とも違っていた。

右は赤。左は緑だった。

 ヤイバの体はシオンくらい小さいが、どこからくるのか威圧感を出していて子供っぽい顔を引き締めているようにも見える。

 「そうですね。まさかここまで・・・」

 「早くどこの次元の壁が弱まっているか探し出さないと大変なことになるな」

 「確かに大変ね。おまえが弟の風剣の双牙≠ノ頼めないの?幻魔法を解いて下さいって・・・」

 フィオはバカにしている声でヤイバに向かって言う。

 「もう弟とは縁を切った。もうアイツのことを風剣の双牙って呼ぶのはやめろ」

 「いいわね、兄弟喧嘩って・・・自らの称号をも変えるとはね・・・暗黒の剣豪<cルギは・・・」

 「とりあえずはこの事実をほかの聖者サイフォスに伝えることが先だ。俺はその任務に移る。シオンとフィオは例のレジストの護衛を続けろ」

 「わかりました」

 ヤイバに緑色の光柱がかかっと思うと、ヤイバはそれに吸い込まれたように消えていた。

 「全く、これからが大変ね・・・やってくれるわ魔族って奴は・・・」

 フィオはそう言った。





 夏の暑い日差しが南部高校の教室を照らすが、教室にはクーラーがきいているのでそれを気にする生徒はいなかった。

 教室はかなりざわついており、その中、裕生と緒方が話していた。

 「そりゃまずいだろ?」

 「だよね」

 裕生は昨日、兄が持ちかけた提案を緒方に相談してみた。

 「で、どうするんだ?それを月島さんにするっていうのか?」

 「したくはないけど、しないと兄さんが後からうるさいしな・・・」

 「言えよ。それで向こうは『うわぁ〜何こいつ』って顔されて二度と口聞いてくれなくなるぞ。それもまた面白いけどな」

 緒方が裕生を追いつめるような言い方をする。

 「そんなコト言うな、ますます言いにくくなるだろ」

 「じゃあよ、月島さんに俺ン家すまねえか、って聞くのか?いくら長い付き合いでも友達でも普通の人だったらヒクだろ?よく考えろ、それだけで察知されるぞ?例えばお前の汚ねえ歪んだ願望とか、ムッツリした嫌らしい陰謀とか、家につれこんで夜に性こ、いてっ!?」

 温厚な裕生もさすがに緒方の頭をはたいた。

 「そんな陰謀ないって!もう一回言うけどボクが提案したんじゃないんだから」

 「もしかしたら兄貴利用してボクは悪くないっていう計画じゃないのか?」

 「そんなわけない、いい加減にしないともう一回殴るよ」

 「いや、マジすんません」

 緒方は観念すると、裕生の席の隣に人が立っていた。

 「おはようございます」

 「あ、おはよう」

 立っていたのは蒼電<Vオン。この世界で名乗る名は川島 志織という。

シオンはそう言って頭を下げると、つかつかと後ろの自分の席に腰掛ける。

裕生はその行動を目で追うと、緒方が裕生を向かって少し笑みを浮かべながら言う。

 「ん?どうした、流河。やっぱりあの子と何かあるな?」

 「ないよ。兄さんと同じコトいうなよ緒方」

 「でも俺あの子いいと思うぜ?可愛いし大人しそうで礼儀正しいしさ〜」

 「あ、そう」

 緒方はいきなり、裕生をわざと作った真面目な顔をして見る。

 「な、何?」

 「もしかして〜・・・お前・・・」

 「な、何?」

 「川島さんと月島さんと二股計画ねってねーか?」

 「はあ?」

 「『はあ?』って言うな。何か〜二人を我が物としている顔してるしさ、月島さんと同棲−」

 「同居ね」

 「同棲しようとしてるし、川島さんとは何か無理矢理距離縮めようとしてるし・・・」

 「な、何でそんなこと言えるんだよ」

 「昨日川島さん転校してきただろ?いきなり一緒に弁当食ってたじゃねえか、その時なんか川島さんが変な人と弁当食べてますのって顔をして俺に訴えかけてきたぞ?」

 「それってどんな顔なんだよ?緒方が勝手につくった妄想だろ?」

 「さあね」

 緒方はしらばっくれる顔をする。

 (・・・こいつ)

 妙に腹立たしいと裕生は思いながら何とか我慢した。

 「やあ、流河と緒方」

 後ろから声がする。

振り向いたら友達である灰原 唯だった。

 緒方はみるみるうちに笑みが顔に広がっていき、唯に向かって言う。

 「おい、聞けよ唯。この流河って奴は月島さんを口説いて大人の付き合いしようと−」

 裕生はまた緒方の頭を殴る。

 「いってぇ〜俺はただ事実を述べただけだろ?」

 「事実じゃない。この虚言癖」

 「虚言癖って言うな!ムッツリが」

 唯にまで誤解されるのは困りつい手がでてしまった。

 「何の話か私には理解できないけど、その綾香今日休みだってさ」

 「休み?」

 何か裕生にとってはよかったようなよくなかったような・・・

 (でも綾香が休むなんてめずらしいな)

 とは少し疑問に思ったがあまり気にしなかった。

 「月島、何で休んでるの、灰原?」

 唯はその裕生の質問に対して数秒考え込み、口を開く。

 「・・・・・さぁ、よくわからないけど、朝電話したら「今日休む」って言って電話きられたしなぁ・・・」

 「理由は言わなかったのか?」

 唯は頷くと、言う。

 「言わなかったよ。理由聞こうとはしたけど、すぐきられたし・・・でも綾香、本当に調子悪そうな声だったよ?」

 「・・・ふぅん、大丈夫なのかな?」

 裕生は真剣な顔をして黙る。

緒方はそれを見てニカッとした顔をして目をそらすようにして言う。

 「何だ、つまらねぇ、裕生が月島さんに嫌われるところみたかったのに・・・」

 裕生はもう緒方をはたく気分になれなかった。

 何より気が重かった。