第八章 | 直樹と悪魔 |
流河 裕生は気付くとベッドの中だった。
ベッドの隣には自分の椅子に腰掛けた少女がいる。
「シオン・・・?」
「気がつきましたか・・・」
裕生はベッドから起きあがろうとするが何か体がギクシャクして思うように動かない。
「イタタタタ・・・」
「安静にして下さい」
シオンは裕生の体を元に戻す。
「・・・そういえば、ボクの傷治っている?」
裕生は自分の肩を触って言う。
確かにギニーにやられて傷を負っていたはずだ。
「それは私が治癒しておきました」
「へ?何でそんなに早く治るの?」
「聖者の特殊能力・治癒法を使いました。この力は傷をいやすことが出来ますが、疲労までは癒えることはできません・・・すみません」
申し訳なさそうにシオンは黙り込む。
「いや、十分だよ。傷が癒えただけでもうれしいよ」
「そうですか?」
「明日は土曜日で休みだから学校を休むこともないし大丈夫大丈夫」
裕生は明るくシオンに言った。
「・・・そういえば」
裕生は思い出したかのように真剣な顔つきで言う。
「宮下は・・・?」
シオンの顔に一瞬影がさした。
「・・・あの」
「無理だったんだな・・・」
裕生の顔も暗くなっている。
「宮下さんは呪縛陣の中でお亡くなりになりました。呪縛陣の中は空間が遮断された状態になり、中でおこったことは、外には伝わりません・・・」
「・・・ということは宮下が死んだってことは誰も知らないってこと・・・?」
「・・・・・・はい。宮下さんの体自体もが消滅してしまいました」
「そんな・・・」
裕生は残念な顔をして眼をつむる。
「すみません・・・」
「いや、シオンが謝るコトじゃないよ・・・すべてはあの男が悪いんだから・・・」
裕生はあの男、ギニー=ファントムの顔を思い出す。
「ギニーさんのことをほかの聖者に聞いてみたのですけどかなり優秀な魔人のようで、早々簡単に討滅できる相手ではありません」
「・・・でも、また襲ってくるかも知れないよね?」
「その可能性はあります。あの人は氷の因子の中でも最も強力な冷気自体を操る魔力があるようで、凍牙の刃≠ニも言われています。魔人の中でも剣技、魔力とともに相当な実力のようです。それを振るう機会を常に自分で探しているようなところがあったと聞きました」
「嫌な奴だな・・・」
すると、次はブレスレットの中からフィオの声がする。
「私があのとき奴と戦っていたとしてもただでは済まなかったでしょうね・・・ひいてくれてよかったわ」
「あ、そういえば何でフィオさんがいたの!?」
「あぁ、あれね・・・シオンは私と契約した聖者でね、いつもはブレスレットに身をゆだねる私だけど、あんな時は時々シオンの体を借りて戦うの」
「・・・そうなの?」
「ま、簡単に言えばね」
「ふぅん・・・それは心強い・・・」
「とりあえず、流河さんの疲労が消えたらレジストを使いこなせるよう鍛錬をしなければなりませんね」
「あぁ、そう、か・・・」
「今日は安静にしてください。余計なことは考えなくていいですよ」
「いや、大丈夫。このまま寝てたらまた魔人が襲ってきたらもともこうもないよ」
裕生は無理矢理起きあがる。
「流河さん、安静にしておかないと・・・」
「大丈夫。もう心配掛けたくないし・・・昼食作らないといけないし・・・そういえば兄さんは?」
母は仕事に出るのがはやく、もう出かけていると言うことはわかっていた。
「居間にちょっと用事があるから出て行くって紙に書いていましたけど・・・」
「・・・?、何なんだろう」
弟の裕生でも直樹の行動は全く読めなかった。
「まあいいか・・・」
少し二人(いや三人)の沈黙が数秒続いた。
その中、裕生が口を開く。
「・・・シオン」
「何ですか?」
「ありがとう・・・」
「いえ・・・こちらこそ」
シオンの顔はどことなく嬉しそうに見えた。
無駄に天井が高い広く薄気味悪い部屋・・・。
外では地獄の底からの悲鳴みたいな声や、不気味な鳴き声、何かが軋む音などが聞こえてくる。
ここは魔界。
悪の生き物のみが暮らす暗黒の世界。
この世界はただ弱者を踏みにじり、欲望のまま生きるのが当たり前とされている。
人間界とは逆のより残虐でより冷酷なものが支配者に相応しいと連中達は考えている。
「おやおや、失敗したようですねぇ・・・ギニーさん?」
部屋の真ん中に長い机と多くの大きい椅子がたくさん並べられている。
その椅子には人影のようなものがたくさん座っていた。
「何であそこで逃げて帰ってきたのですか?質問には答えて下さい・・・」
そういって元から細い目をさらに細めたこの男は、砂色の髪をオールバックにしていて、微かに笑っている。
「いや、逃げてきたわけじゃないヨ?煉獄の剛金<Oリバリーさん?」
「では何だというのですか?聖者の下等種族を前にノコノコと・・・」
グリバリーと呼ばれた男は片方の目を開いて言った。
「ボクは計画通りいかないとだめなタチだということはグリバリーさんも知っているでしょう?」
「そうでしたか?最近物忘れが酷い者でしてね・・・ほっほっほ・・・」
不気味な笑い声をあげると、一人の男の声が大きい声で言う。
「ふざけんな!魔界の運命がかかっているんだぞ!」
「ほっほっほ・・・何怒っているのですか?暗黒の剣豪<cルギさん?」
ツルギと呼ばれた男は赤い髪の毛を短く刈って立てている。
顔は自分の強い意志によってかためられた力強いものだった。
「ツルギの言うとおりだ、グリバリー・・・今はリュウガヒロオのレジストをどうにかすることが大切だろう?」
また違う男が言った。
ずいぶんと若いこの男はエメラルドグリーンの髪を肩の辺りまでのばしている。
目は氷のように冷たかった。
「それはどうも・・・ま、計画通りいけばボクも楽なんだけどネ・・・」
ギニーは感謝しているのかいないのか微妙な声で言った。
「ギニーの情報はかなり役に立った。もう私達魔族は慎重に事を行ってゆく。もう失敗はさせない・・・」
「・・・そうですね。もうすぐですよ・・・人界が魔界のものになるのは・・・ほっほっほ」
グリバリーはまた不適な笑い声をあげた。
月島 綾香は自分の家の寝室で寝ていた。
しかし、寝てはいるが格好だけで実際普通に起きている。
(・・・買い物行かなきゃ・・・)
全く食欲はない。
そんな元気もない。
しかし、栄養はとっておいたほうがいいと思った。
綾香はベッドから降りてフローリングの床に足をつく。
ゆっくりと、でもふらふらとした足取りで歩いた。
(・・・私、どうなったんだろう・・・)
綾香は、机の上に置いてある明るい色の財布を持ってポケットにしまった。
綾香がアパートを出て、下に降りるとき知り合いに会った。
「あっ、月島!」
そこにいたのは幼なじみであり綾香が少しひかれている少年、流河 裕生だった。
裕生と綾香の住んでいる場所はちょうど向かい合わせで、近所だった。
綾香は裕生に向かって小さくお辞儀をする。
「こんにちわ・・・」
小さく言う。
「月島、調子はどう?」
裕生は綾香が学校を休んでいたことを思い出す。
「大丈夫です」
(本当なのかな・・・?)
綾香の顔色はいつもよりかなり悪い。
強がって調子が悪くないと言っているようだ。
「月島、別に気をつかわなくていいんだよ?調子が悪いなら悪いって・・・」
「いえ、心配しなくてもちょっと調子が変なだけです・・・」
「やっぱり調子が悪いんじゃないか」
綾香は顔を赤くして頷く。
(何だか、月島と話していたら疲れるな・・・)
と、少し笑って裕生は思った。
「どうしたのですか?」
「いや、何でもない。それで月島は何しようとしてたの?」
「あの、昼食の材料を・・・」
「ああ、同じだね、ボクもなんだ一緒に行かない?何かあったら大変だし・・・」
綾香はうつむいて少し考え込む。
無理かな、と裕生が思うと綾香が口を開く。
「行きます」
「ああ そう」
(まあ、シオンはいないし月島心配だし、大丈夫かな?)
シオンはよくわからないが魔界の境界を調べるとか言って先に出て行った。
夕方頃には終わると言っていたから大丈夫だろう。
「ん?」
裕生は何となく綾香の顔を見る。
さっきとは違う感覚で、最初に呪縛陣を感じたときと同じように血のざわめきが感じ取れた。
少しだが、裕生の背中に悪寒が走る。
「・・・どうかしたの、月島」
「・・・いえ、何でもありません」
「あっそう・・・それならいいんだけど・・・」
まあ気のせいだろうと思って裕生はそのことを忘れた。
流河 直樹は何となく街の中をぶらぶらと彷徨っていた。
特に理由はない。ただの気まぐれで何となくだ。
(今日くらいは大学やら就職やらの小難しいことを考えるのはやめっかな・・・)
直樹は今まで適当に人に迷惑をかけながら生きてきた。
それを克服するために日々頑張ってきたが少し頑張りすぎた。
成績優秀で人からの人望も厚くはなったが少々最近疲れてくる。
だから一ヶ月くらいは勝手に休暇を取ろうと『直樹勝手に計画』を進行している。
成績優秀な直樹なら一ヶ月くらいの遅れは特に問題にはならない。
(ま、人間休みは少し必要っと・・・)
直樹はポケットからタバコを取り出し、そのまま口にくわえた。
直樹はそのままで駄菓子の店を振り返る。
(あん時の俺はバカだったよなぁ・・・)
自らの思い出を振り返る。
あの店は直樹の最初の大きな悪事であり、最後の悪事でもあった。
直樹は中学三年生の時に違う学校の生徒と殴る蹴るの喧嘩をした。
圧倒的に直樹が強く、観念した相手の中学生は逃げて、駄菓子屋に助けを求めた。
しかし直樹は駄菓子屋だろうが何だろうが容赦はなかった。
その店の中をめちゃくちゃにするまで大暴れをして警察に捕まり御用、というものだった。
あの惨事にも負けず、今だ駄菓子屋は普通に運営している。
(ま、よかったわな・・・)
直樹はため息をつく。
あの時、警察に捕まって取り調べを受けていたときに病気だった父は死んだと聞かされた。
それから直樹は変わった。
もしかしたら自分のせいで父親は死んだのではないか、と自分を悔やんでしまった。
できるのは自分が変わることだと直樹は確信し、必死に勉強しいい高校に入学した。
今も、有名な私立城東大学に入学し、今は薬剤師を目指している。
(薬剤師ってぇのは俺には似合わねえかな・・・)
とは思ったが気にしない。
目指していることはいいのだが、相変わらず服装のセンスは昔からは変わらない。
金髪に金色のピアス、オレンジ色のシャツに光沢のかかった銀色のアクセサリー。
すれ違う人が思わずよけてしまうヤクザの格好をしていた。
このセンスの悪さは直樹自身自覚はしていない。
「ん?」
直樹はまだ火のついていないタバコをポケットにしまった。
(あれ?何でしまったんだ・・・?)
自分のタバコをポケットにしまった理由が気付くと思いつかなかった。
直樹は変な男というか妙な男を目撃した。
人々はそんなに気にしてはいないが直樹には何故かかなり気になった。
その男は細い目をしていて砂色の髪の毛をオールバックにしている。
服装は黒のダークスーツという印象の悪い男だった。
(何だ、服装のセンスないやつだな・・・)
と自分も人のこと言えない服装のセンスだ。
やはりこの男は自覚はしていない。
直樹はその男を無視してすれ違おうとして、少し肩が男とあったと思ったその時−
「流河裕生と同じ臭いをしていますね・・・」
男が静かに言った。
直樹の背筋がゾクッとした。
直樹は一瞬言葉を失ったが、我に返って男に向かって言う。
「あァ!?弟に何か用か!?」
「まあ用といえば用があるかもしれませんね?」
男はわずかに首を傾げて言った。
「弟に妙なことすんじゃねえぞ、細目野郎が」
「おやおや、態度には気をつけた方がいいですよ?自分の命のためにも・・・」
文脈になるにつれ男の声は凶悪になっていった。
「あ?」
「・・・冗談ですよ、冗談・・・」
(何なんだ、こいつは・・・)
「それで何のようだ・・・」
「別に、何でもありませんよ・・・」
「何にもねえんだったら変な言葉言うんじゃねえ、ボケが」
直樹はこの男に腹立たしくなって、立ち去ろうとしたとき、男は言った。
「悪魔、を信じますか?」
「・・・何いってんだ、テメェ」
一瞬宗教の勧誘か、と直樹は思った。
「信じますか、と聞きました。質問に答えて下さい?」
「いるわけねえだろ、悪魔なんて、普通に考えろ。頭どっか飛んでないか?」
「おやおや、威勢のいいガキですね・・・悪魔は存在しますよ?」
直樹はやっぱ宗教の勧誘かよ、と思い言う。
「俺ァそんなんに興味はねえんでな、失敬させて貰うぜ」
直樹は手をひらひらと振り、男に背を向けた時、
「いますよ、何せ私が悪魔なんですから・・・」
直樹はその言葉に敏感に反応し、もの凄い悪寒がはしった。
妙に直樹の胸がさわいだ。
(何だっ!?)
直樹はすぐに振り返り、喧嘩をしていた時代と同じ戦闘態勢を取る。
「・・・ありゃ?」
直樹はすぐ構えをといた。
そこには男の姿はなく、違う人の目線が冷たく、直樹の方をみているだけだった。
(・・・あ?気のせいか・・・)
直樹は首を傾げ、何事もなかったように歩いていく。
そういえば、タバコを吸い損ねたときのことを思い出した。
ポケットから少しよれたタバコを取り出すとライターで火をつけた。