第六章 覚醒

頭は真っ白だった。

何が起きたかなんて分からなかった。

覚えているのは、大剣が自分に振り下ろされた、そのことだけだった。

 「なッ!!」

ギルが叫んだ。

大剣が動きを止められていた。

殺されかけた、無力のはずの者の手によって。

 「グアッ!!」

瞬間、蹴りを突き出され、少年はまともに受けた。

後ろに吹き飛び、体勢を立て直した。

 「・・・チッ!もう”覚醒”してやがったのか!!」

直後、大剣の刃を握り締めて、自分がゆっくりと立ち上がる。

目の前の強大な敵のはずの少年を、睨みつけて。

・・・戦慄の間が流れた。

その時を破って、少年が呟く。

 「こいつが奴の息子か・・・、ハッ!このオレが、恐怖を覚えるとはな・・・」

・・・そして、少年と対峙した自分は、膝をついた。

 「・・・あれ・・・俺なにしてんだ・・・」

 「・・・ハア!?」

少年は驚き、目を見開いた。

 「無自覚だってのか!」

 「いちいちうるさいんですよ」

凛とした声が響き、その瞬間少年が真横に吹っ飛んだ。

ズドッ、という鈍い音が聞こえ、少年が立っていた場所には冷徹な、しかし炎のような輝きをともした瞳を持つ少女がたっていた。

その少女が音速の速度でこちらを振り向き言う。

 「大丈夫ですか!?怪我は?」

 「ゼロッ!!お前こそ、ぶっ飛んだじゃないか!」

そのようなやり取りをしている間に、少年が自分の周りの氷柱を砕きながらこちらに来た。

そして疲れたように言う。

 「ハッ!まだ生きてたのか」

ゼロがそれに挑発するように返した。

 「ふう、私あなたがそれほど弱いと思ってなかったんで、びっくりして気絶しちゃいました」

少年は笑った。

 「ク、ククク、クハハハハハハハッ!面白い奴らだ!」

少年は腹を抱え、笑った。

ゼロは鼻で笑い、言う。

 「さあ、続きと行きましょうか・・・」

一見弱そうな二人だが、二人の間でぶつかっている、何かオーラみたいなものが、そう見えさせない空気を作っていた。

そのオーラが途中でぷつんと途絶えた。

少年はまだ不敵な笑みを浮かべているが、なにか今までとは違う雰囲気で言う。

 「・・・オレはもう気分が萎えたんでな、引かせてもらうわ」

少年の周りの空気が白く霞んだ。手を入れると一瞬で凍りつくだろう。

少年が一言発した。

 「ハッ!!愉しかったゼ!また会うこともあるかもな!!」

 「・・・・・・逃げますか・・・」

そして、少年は粉雪のように舞い、散って消えた。

とたんに、周囲の風景から氷が消え、元の時間が流れ出した。

 「・・・・・・助かりました・・・」

答えを必要としないゼロの声に自分は返した。

 「ああ、そうだな・・・」

沈黙の時が少し流れた。

そして、さっき自分が起こした事を思い出した。

 「そうだ、ゼロ、俺さっき・・・」

 「分かっています」

言葉をさえぎり、ゼロが言った。

 「そろそろ、全てを話す時が来たのかもしれませんね・・・」

 「・・・やっとか・・・」

ゼロが少し微笑んだような気がした。

そして、静かに、でもいつもより暖かく、少女は言った。

 「・・・帰りましょう」

 「ああ、そうだな・・・」

うーん、今のゼロの話し方は心の距離が縮まったというのかな。

バカなことを考えてると、ゼロがこちらに近づいてきた。

やっぱり、可愛い。

 「さあ、行きましょう」

何考えてんだ、バカだな俺・・・

 「あ〜、腰が抜けて立てないんですけど・・・」

正座した形で動けない状態だった。

 「はぁ、仕方ないですね」

ゼロは自分の前に後ろを向いてかがんだ。

・・・これの意味することとは・・・・・・

 「何?」

 「おんぶしていきます」

 「ハイ?」

 「早く」

俺はどうやら今までで一番恥ずかしい出来事に入る事態に出くわしたようだ。

 「よいしょっと・・・」

 「肩を貸すとかの方がよかったと思うんだけど・・・」

自分より背の低い、しかも女の子におんぶされている自分はなんともかっこ悪い。

周りに人がいなかったからまだよかったものの・・・

ゼロが怪訝な声で聞いた。

 「何言ってるんですか?そんなことしたら肩から腕が抜けますよ?」

 「え?どういう・・・」

風の切る音が聞こえた。

 「飛ッ!んだァア!?」

自宅に向かって一直線に飛んでいった・・・





そのとき、少年はどこかのビルの屋上で氷塊の上に座っていた。

 「ハッ!いいこと考えた!」

立ち上がり、端のほうに歩き出す。

 「今のままじゃあつまんねぇし、それに面白そうだしな」

戦闘時の不敵な笑みではなく、イタズラを考えついた子供のような笑顔を浮かべた。

手すりの上に飛び乗り、腕を広げる。

 「生きてるうちに楽しいことしなきゃ、損だってもん、だッ!!」

少年は飛び立つように跳躍した。

座っていた氷塊は、いつの間にか溶けて、水になっていた。